11 乱入したお茶会ですが
「お茶会は何処でやるの?」
私はアオイに尋ねた。夢の中ではその主が起きてしまう可能性がある。だからきっと絶対に安全な場所でする筈だ、と思うもののアオイがそれを知っているとは少し考えづらかった。まだ幼いアオイが多くを知っているとは思えなかったし、女王という明確な上下関係があるような中でアオイが上位にいるとも思えなかったからだ。けれど。
「フェデレーヴの王宮なの。其処のお庭で開かれるの」
アオイは難なく答えた。皆が王宮に帰るの、とその後に続いたところを見るに、住んでいるのだろうと思う。翅のある女の子たちが、その王宮に。
「遠いのかしら」
「夢を渡るからすぐなの。はぐれないで欲しいの」
はぐれる可能性があるのか、とモーブが驚いて声をあげた。はぐれるようなことがあればきっとそれは別の誰かの夢だ。覚める方法も判らない今、知らない人の夢に彷徨いこむことはきっと避けた方が良い。私はセシルと手を繋ぎ、セシルにもモーブと手を繋ぐよう促した。セシルは心底嫌そうな表情を浮かべたけれど、モーブが有無を言わさずに手を握ったのには文句を言わなかった。
「私たち、夢を移動する時はずっと手を繋いでいたわ。だからきっと、これで大丈夫」
でも、と私はモーブを見た。モーブは首を傾げて私を見つめ返す。
「あなたは自分の夢から動いてしまって良いのかしら。私たちみたいに覚めないなんてことは」
「大丈夫さ。根拠はないけど、夢はいずれ覚めるものだからボクは心配していないよ」
モーブはそう言うと、にっこり爽やかに笑った。その夏空のような笑顔に勇気をもらい、私は頷く。そして最後にアオイの小さな手と手を繋いだ。
「出発なのー!」
アオイは楽しそうな声を出すとぱたぱたと小さな翅を動かした。細かな振動はブーンという羽音になり、私は彼女の翅が蜂であると知った。
一歩。たったの一歩で、其処はもう景色を変えていた。夏の暑い日だった筈の世界は一変して、庭園が広がっていた。綺麗に刈り入れられた緑は何かの形を模している。私の胸くらいまである生垣は遠くまで続いていて、庭園が広大であることが窺われた。広間のように作られた空間には長いテーブルが幾つも並んでいて、白いクロスがかけられている。その上には色とりどりの花が飾られ、食器が並んでいた。吹く風も舞う木の葉も、夢の割には感触が本物だ。漂う良い香りはお茶か、甘味か。そんな情報を知る時間はあった。けれど、その時間しかなかった。
「きゃあああああ!」
甲高い悲鳴が響いて、辺りが騒然とする。ブン、と低い唸り声のような羽音に、微かな羽搏きの集まった音、食器が擦れ取り落とされがちゃん、と割れる音。目の前は小さな女の子たちの群衆で黒い大きな塊が動いているようにしか見えなかった。
「お茶会の真ん真ん中に出てしまったみたいだ」
モーブが口にした。軽口のように言ってはいるけれど、こういう事態は想定していなかったと顔が言っている。セシルが焦ったように顔を歪めて出口を探るように視線をあちこちへ向けるけれど、何処にも出口はない。私はただ呆然として目の前の光景を眺めていた。黒山を作る少女たちの向こう、日除のレースの下にいる、少女を。
「アオイ!」
そんな中でアオイを呼ぶ声がした。私の手を怯えたように小さな両手で握り締めていたアオイが顔を上げる。目に一杯涙を溜めてアオイは声がした方を振り返った。ごめんなさい、と声が震えている。
「オーティ姉様、ポンセ姉様、ごめんなさいなの。何が起きてるか分からないの」
どうして皆で大きな声を出すの、とアオイは訴えた。どうして怖い顔をするの、と。少女たちは皆一様に怯えから顔を引きつらせ、私たちを囲んでいた。手には小さな武器を思い思いに持っているようだ。この庭園を、このお茶会を守るために立ち上がる彼女たちの手には、ひどく不釣り合いに私には見えた。
「いくらあんたでもね、お客様を連れてくる時は一言要るのよ。無作法に乗り込んでくるんじゃないわ」
セシルの夢で会った少女が口を開いた。興奮した様子で肩を怒らせている。
「女王様の御前で、いきなり乱入なんて御法度よ」
アオイが肩を震わせ小さく縮こまった。言い訳を聞いてもらえる雰囲気ではない。私はせめてアオイを両手の中に隠してあげたかったけれど、少しでも動けば彼女たちが手に持つ小さな針に刺されてしまいそうだった。その時。
くすくすと、小さな笑い声が響いた。
こんな一触即発の、殺気だった空気の中で笑うことができるなんて信じられない。そう思って誰もがその声の出所へ目を向けた。けれど少女たちは誰ひとりとして口を開かない。噤んだまま頭を垂れて道を開けた。
「まぁ、人のお客様なんて久し振り。皆鎮まりなさいな。人は此処ではわたくしたちに危害を加えられなくてよ」
蜂蜜色の綺麗な髪をした少女だった。やはり背中には虫の翅が生え、頭には触覚が揺れている。豊かな波打つ髪をそよがせ、彼女はやってくる。さっきから私の目の前で小さいのに大きな存在感を放っていた、少女。恐らくは彼女が女王だ。
「ようこそお客様。このお茶会は初めてね。人の座る椅子はないのだけど、ゆっくりしていって頂戴ね」
黄色の花のドレスを摘んで慎ましやかにお辞儀をする。高貴で洗練された動作は周りの少女から嘆息が漏れるほどの優雅さだった。少女たちの憧れを一身に浴びる、キラキラと綺麗な女王様。アオイが私の指先を握り締めたまま泣きついた。
「女王様ごめんなさいなの。お茶会に必要なカケラ、集められなかったの。それで、それで」
「まぁ、アオイ」
女王様が穏やかに微笑んだ。
「良いのですよ。あなたはいつも甘くて素敵なカケラを運んできてくれるもの。今日はお客様を連れてきてくれたわ」
それで、と女王様は美しく微笑んで私に尋ねた。
「人の子が、夢を渡って何をしに来たのかしら」
滲んだ憎悪にも似た何かを感じて、私はゴクリと喉を鳴らしたのだった。