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10 最初の街に着いたのですが


「皮一枚だった傷口もある程度まで塞がってきて出血は抑えられてる。多少揺れても街に着くまでならもつだろう。だけど馬車の中で治療は続けるから、護衛はよろしく」


 夜通しモーブの治療を続け、現在も手や視線はモーブに向けながらロディが言った。目の下に真っ黒な隈を作って目は眠そうに半開きだが、口調はしっかりしていた。


 ラスは頷き、ハルンとキニに馬車の護衛を任せ、パロッコに御者を頼む。馬車の荷台にはラスとロディ、モーブと私が乗り込むことになった。ラスはパロッコの後ろで外の様子を窺うことにし、ロディがモーブの治療を続け、必要なものがあれば私が手助けをする。私は助手を任命されて神妙に頷き、馬車の荷台でモーブが横になれるよう毛布を敷いて準備を整えた。その上をふさふさしっぽの小動物が楽しそうに走り回るのを私は慌てて捕まえなければならなかった。


 モーブは時々薄目を開けることはあっても、まだ話すことはできそうになかった。キニとラスが協力して荷馬車にモーブを担ぎ込み、パロッコが手綱を操って馬車を進ませる。行商人が通る道とはいっても山道はゴツゴツしていて、慎重に進ませても幌の中は思いの外揺れた。


 道中、魔物と遭遇することはあったがキニとハルンが追い返して危なげなく進むことができた。魔物使いの少年がやってくることはなく、街が見えたよーとパロッコに声をかけられた時には自分でも気づかないほど不安だったのか、盛大にホッと胸を撫で下ろしたところをラスに笑われた。


「ヤギニカへようこそ。馬車が通れる道は少ないが、(うま)宿(やど)ならこの門を通ってすぐのそこだ。なに? 怪我人が乗ってる? そいつぁいけねぇな。医療魔術師なら街の中心にある教会が受付所だ。お仲間さん、誰かちょっくら行って魔術師を馬宿に連れてくると良い。馬宿にはそういった怪我や病気専用の救護室もあるから、早いとこ寝かせてやりな」


 街門にいる警備兵にそう提案され、そういうことならとパロッコが身軽に飛び降り、雛鳥の羽根のようなふわふわした短い髪を揺らしながら教会へ走った。御者台にはラスが座り、馬宿へと馬車を進める。モーブは馬宿の主人や親切な男性客に手伝ってもらって救護室に運ばれた。そこへパロッコが呼んできた医療魔術師がやってきて、ロディから引き継ぎを受けて治療を交代した。


「すまないが僕は二日ほど寝かせてもらう。その間、ボクじゃないと対処できないようなことがあれば遠慮せず起こしてくれ。医療魔術師の彼にはしてきた治癒魔法と見立てを伝えてある。大丈夫とは思うけど、念のためね」


 街に着くまでの移動で目の下の隈を一層黒くしたように見えるロディが自分の杖に体を預けるようにして支えながら、それでもいつものように微笑んでみせて言った。ラスもキニも神妙に頷く。


「ありがとうロディ。何かあれば遠慮せず叩き起こすからゆっくり休みな」


 ラスが言うと、相変わらずだけどキミもね、とロディは苦笑した。


「ずっと警戒を続けて疲れただろう? でもキミが夜通し起きていてくれたから治療に集中できたよ」


「……感謝」


 ハルンが小さくそれだけ言うと、モーブの傍に座り込んで額の汗を拭い冷たい箇所があたるように氷嚢の位置を整えた。


 その様子を見届けてから、それじゃ、とロディが移動したのを皮切りに、碌に休んでいなかった面々はひとまず安全を確保された寝床で疲れを取った。その間ハルンは女性用に取った四人部屋に戻らずひたすらモーブに付添い、治療魔術師が交代してもその場を動かなかった。時折キニが休息を入れるよう進言し、救護室の片隅でハルンは断続的に睡眠をとるようになった。


 パロッコはせっかく大きな街に来たのだからと色々な品物を仕入れたり物流ルート確保に勤しみ、ラスは鍛冶屋で剣を調整したり防具を整えたりと装備を見直した。ロディは宣言通り二日間眠り続け、街の治療魔術師のおかげでモーブの腕はひとまず傷が塞がり熱も引いた。街に着いて三日後にはモーブも目を覚まし、上体を起こすことはできるようになっていた。


 私はパロッコに連れられてヤギニカの街を散策した。ビレ村から他の街に出たことのない私はこんなに沢山の人やお店を見るのも初めてで、目を丸くして顔をきょろきょろとあちこちに向けながら歩く。

そうしながらパロッコの商人としての手練手管を目の前で見せてもらった。旅の道中で見つけた物珍しい薬草、財宝、魔物の角といった一部をパロッコは交渉しながら売買していく。鮮やかな手業だけれど、そのどれも私には到底真似できそうなものではなかった。


「んー。お嬢さん、商人の適性はどうだっけ」


「……適性なしです」


 素直に答えると、パロッコはあははと明るく笑った。あけすけに笑う彼女は人が良く、信用を容易に勝ち取ってとても上手に商売をするのだろうと私は思う。


「いくら天職でも、歌姫になるには最初に自分を売り込む必要があるよ。それには商人適性があれば良かったんだけど、なしときちゃあ、他に自分の良さを売り込んでくれる人が必要になるねー。誰かいれば良いんだけど……うーん、商人が集まるようなギルドで一曲歌う? 聴いた誰かが一緒に商売しようって誘ってくれるかもしれないよ」


 冗談めかしてパロッコが言う。でもそれは、意外にも効果的な気がした。


「まぁ中には悪徳商人もいるから、人を見る目は養わないといけないね」


 そう言われて私はあはは、と力なく笑った。人を見る目とやらが商人の範疇に入ってないと良いのだけど、とひとりごちた私の声はパロッコに届く前に行方をくらませたようでパロッコはそれについては何も言わず歓声をあげた。


「あー! おじさん、それって!」


 突然駆け出したパロッコを私も慌てて追う。けれどビレ村とは桁違いの人の多さに私はすぐパロッコを見失ってしまった。あの雛鳥のような髪の毛を探すけど、何処にもそれらしき人物を見つけられない。何処に向かって彼女が走ったかもよく分からない。


 サーッと自分の血の気の引く音が聞こえた気がした。見知らぬ街でひとり取り残されてしまった。宿から少し出たことはあるけど、街のこんな奥まで来たのは初めてだしパロッコについて歩いてきただけだから宿までの道だって曖昧だ。誰かに道を訊こうと思っても誰もが足早で、立ち止まって狼狽える私を邪魔そうに見る人ばかりだから私は急に不安になった。宿に戻れなかったとして、パロッコが私を探さないことはあるだろうか。みんなは。私がいないと知って、探してくれるだろうか。それともここが離脱のタイミングだったと探さないだろうか。


 パロッコはいつ私が近くにいないと気付くだろう。何か重要なものを見つけたようだったから話し込んでいつまでも気づかないかもしれないし、移動しながら話しているようなことがあったらもう見つけられないかもしれない。


 と、とにかく邪魔にならないように道の端に寄ろう。


 私は通行の邪魔にならないように空いている方へ歩く。自然と人が少ないところに歩いていて、気づいた時には三人の男性が私を囲むように立っていた。


「お姉さん、ヤギニカは初めて?」


 モーブやロディ、キニよりも少し年上に見える男性が笑顔で話しかけてくる。優しい声音に、私は少しほっとした。


「はい。一緒に来てた人とはぐれてしまって」


 あー、人が多いからねー、と男性は困ったように笑う。


「はぐれた時にどこかで待ち合わせするようにしとくと良いよ。この街ではアンドレアの像の前が多いけど、お姉さんはそういう約束してる?」


「いえ……そういった話はしてなくて……その像は近くにあるんでしょうか。もしかしたら彼女もそこに向かってるかも」


「それなら俺らが案内するよ。地元だし」


 ありがたい申し出に私は思わず微笑んだ。


「良かった! お願いしても良いですか?」


 勿論、と二つ返事をもらった私は、良い人に会えて良かった、とホッと胸を撫で下ろした。三人とも気さくで優しそうだ。私はこの親切な三人についていくことにした。



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