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「遅くなった」そう言ってヴィンフリートは部屋に入ってきた。ソファに座るフィオナに笑顔を向けた後、チェストの上におかれた手をつけていない食事を見つけて顔をしかめた。
「体調が悪いのか?口に合わなかったのか?」
フィオナに近づきながらヴィンフリートは訊ねかける。フィオナは静かに首を振った。
「ではなぜ?」と言ってフィオナの横に腰かけたヴィンフリートの声はどこまでもフィオナへの気遣いに溢れていた。
「ジェイド様は、ジェイド様はどうされていますか?」
フィオナに冷たい声で訊ね掛けられて、ヴィンフリートは少し悲しそうに表情を歪めた。
「今どこにいらっしゃいますか?きちんと食事はできているのでしょうか?国境近くの宰相様達はどうなったのでしょうか?王や王妃様は?」
淡々と質問を重ねたフィオナにヴィンフリートは困ったように少し笑って口を開いた。
「ジェイド殿は牢につながれている。尋問が何度か行われたようだが知っていることはきちんと答えてくれているらしい。食事も他の捕虜達と同じように与えている。食べているかどうかの確認はしていない、必要なら明日報告をあげさせるよ。宰相の軍とは今も戦闘中ということになっている、実際の戦闘は今のところない、できればこちらも戦闘は避けたいので話し合いで解決できるように交渉中だ。王と王妃については、お二人の私室で自害されているのを昨日確認した、姫君についてはまだなんの報告も上がっていない」
ヴィンフリートは誠実にフィオナの質問に答えた。フィオナは力なく「そうですか」と呟いた。
「何か食べたいものはあるか?こういう時だから手に入るかはわからないが、なんでも言ってくれ。何か食べないと」
ヴィンフリートは本当に心配そうにフィオナの顔を覗き込んだ。
「ご婚約、される方がいらっしゃるそうですね」
フィオナはポツリと言った。ヴィンフリートはその言葉に驚いた。
「誰が言った?」
「先ほど、食事を届けてくれた人が……」
「あいつか、あいつの姉上との婚約の話はもう何度も断っている。俺は自分で選んだ人と添い遂げたいのだ」
「そう、ですか。でも、誰にも祝福されない結婚ほど悲しいものもないとは思いませんか?」
ヴィンフリートは傷ついた目でフィオナを見た。フィオナはできるだけ平静でいようとぐっとおへそに力を入れた。そうしなければ悲しくもないのに涙が出そうだった。
「幸せにする、約束する」
ヴィンフリートはフィオナを抱き込んで言った。体を通して聞こえる低い声はなぜかとても優しくて心地よい。「なぜ私なのですか?」とフィオナは震える声で訊ねた。
「一目惚れだ。壁からいきなり妖精が飛び出してきたんだ。びっくりしたよ、でも逃してはいけないと思った。だから慌てて追いかけた。納得してもらえないかもしれないが、本当に好きなんだ」
ヴィンフリートはフィオナを抱きしめる腕の力を少し強めた。
「俺は好きな人と結婚したいんだ。だから祖国を出た。フィオナと結婚できるのならば何も惜しくない。なんだってする。できればフィオナに好かれたいと思っている」
フィオナはヴィンフリートの言葉をぼんやり聞きながら思った。この腕の中でこんな風に言われながら眠る花嫁はどんなに幸せなのだろうと。
それはたぶん、自分ではない……。