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「もしかしてはじめてか?」
ベッドの上でお互い向かい合い、緊張で動きがぎこちなくなったフィオナにヴィンフリートは訊ねかけた。
「結婚してなければ初めてに決まってます」
フィオナは俯いてぶっきらぼうに言い捨てた。
「そうか、そうだな!」
ヴィンフリートの声があからさまに嬉しそうになる。
フィオナはシーツをギュッと握って手が震えるのを抑える。
イキオクレの女の処女がそれほど価値があるとも思えなかったし、この状況で抵抗など意味がないこともわかっている。
「今日は疲れただろう、ゆっくり休もう」
ぽすっとフィオナの頭を胸の中に抱き込んでヴィンフリートはベッドに横になった。
「え?」
「よく知らない相手とそういう事をするのは気が進まないだろう、急いでしなければいけない理由もない。そういう事はもっとよくお互い知ってからでいい」
触れたところからヴィンフリートの体温が伝わってくる。ベッドは柔らかい、久しぶりに言いようのない安心感がフィオナを包む。
敵国に奪われた城で、敵国の将の胸で、数日振りにフィオナは深い眠りについた。
よく知らない相手と結婚もするもんじゃないのではないかと思いながら……。
よく寝た。
そう思って目覚めたことはフィオナの人生で何度あっただろう。
フィオナはゆっくり体を起こした。
見慣れない柔らかいベッドに戸惑いながら、これまでの事を思い出そうとした。
隣に寝ていた人がいない。
窓の外が明るい、太陽が高い。
一体自分はどうすればいいのだろう。
普段は起きるとやるべき事が山積みだった。今は何もない。
ただ不安だった。
「起きたか?」
扉がガチャリと開いて、ヴィンフリートが顔を出した。湯気の出たお盆を持っていた。
「よく寝ていたな、よっぽど疲れていたんだろう。朝食の時起こすべきかと思ったのだが、気持ちよさそうに寝ていたので起こせなかった」
ヴィンフリートはサイドテーブルにお盆を置き、近くにあった椅子をベッドの側まで引き寄せて座った。
フィオナは小さな声でごめんなさいと呟いた。
「なぜ謝る?よく考えたら昨日の夜も何も食べていなかったな、すまん、そこまで気が回らなかった」
ヴィンフリートはスプーンをフィオナに差し出しながら言う。よく見ればお盆の上には2人分のそれほど豪華ではない食事がのっていた。
「貴方もここで食べるの?」
スプーンを受け取りながらフィオナは訊ねた。
「ああ、本当はずっとそばにいたいが一応戦時中でな。扉の前に兵が1人いる何か用があればそいつに言えばいい」
綺麗な所作で粗末な野菜のスープを口に運びながらヴィンフリートはフィオナに笑いかけた。
「貴方って大佐よね?大佐の食事がこれ?」
フィオナはスープとパンだけの食事と大佐という地位に違和感を感じ、素直に口にした。
ヴィンフリートは少し困ったように笑って答える。
「まだ戦闘中なのでな、温かいものを口にできるだけましだ。この国の城ではもっといい物が出ていたなら申し訳ない」
フィオナは違うと首を振った。
「私はこれで十分、なんだけど、貴方は大佐でしょう?これはただの兵や捕虜の食事でしょ?」
「大佐だからと言って豪華にがならんぞ」
「え?」
「他の部隊や他の国はどうか知らんが、うちは皆同じものを食べる」
ヴィンフリートはごくごく当たり前のことのように言った。それがフィオナには衝撃だった。ヴィンフリートに冷めるぞと急かされてやっとスプーンを口に運んだ。温かな食事はフィオナの空っぽの体に染み渡る。
さっさと食事を済ませたヴィンフリートがまだ口を動かしているフィオナに言った。
「食器は食べ終わったらそこに置いといてくれ。時間を見つけて取りに来る。風呂に入りたいだろう?この部屋についているから食事が済めば入ればいい。着替えだが、本当は取りに行ってやりたいが時間がないので俺ので我慢してくれ。綺麗な物を出してあるから適当に着替えてくれ。時間を見つけて何か女のようの服も持って来る。たぶん夜には帰ってこれると思うが遅くなる。一応今もまだ戦闘中だ、部屋から出るのだけはやめてほしい」
ヴィンフリートは言い終わると自分の分の食器を持って椅子から立ち上がる。
「不自由を強いるがもう少し我慢してほしい。退屈だろうが、まだ疲れているだろう?この部屋の中は安全だゆっくり休め」
フィオナはヴィンフリートを見上げて素直にコクリと頷いた。それを見たヴィンフリートは満足げに笑い部屋を後にした。
1人残された部屋で、フィオナは薄いパンを咀嚼しながらここが来賓用の部屋であることに気づいた。