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「待たせたな」
敵兵であるヴィンフリートは、戦場の将には見えない満面の笑みでその部屋に入って来た。
フィオナとジェイドは少し緩んだ頬をキュッと引き締めその人を見上げた。
ヴィンフリートの視線は真っ直ぐフィオナに注がれる。
「自己紹介もまだだったな。ヴィンフリートという、軍での階級は大佐だ、今回の作戦では実質的な責任者だがたいして偉くはない。たたき上げの人間なのでな」
ジェイドはただのたたき上げで大佐になれるかと心の中で毒づいた、自分より少し年上だがまだ30代だろう、その年で大佐は十分すぎる出世だ。フィオナもその豪奢な軍服と品の良い顔立ちに言葉通りのたたき上げではないことを感じていた。
「先ほどはいきなりのことで気遣いができず、長時間待たすことになり申し訳ない。それで、あなたのことも教えて欲しい」
敵国の将のあくまで控えめな態度にフィオナもジェイドも少し驚いた。
フィオナはジェイドに視線をやりどうするべきか訊ねる。ジェイドの方もただの侍女に丁寧に接する敵国の将にどうするべきか視線を彷徨わせる。
「いきなりのことで驚くのは無理はない。だが先ほども申した通り、俺と結婚をして欲しいと思っている」
ヴィンフリートは信じるに値するような真摯な目でフィオナに言った。
ヴィンフリートの態度が誠実であればあるほどなんの冗談かという話になる。
「ジェイド、私一週間ぐらいまともに寝てないから?幻聴が聞こえる」
「奇遇だな、俺もだ。食べてないせいか?やっぱりそのマフィン口に押し込んでくれ」
フィオナは二つに割ったマフィンを手を伸ばしジェイドの口にむぐっと押し込む。
「口の中の水分全部持ってかれるな」
「でしょ?お茶欲しいよね」
「わかった、茶を用意させよう」
2人の会話を聞いていたヴィンフリートがそばに控えていた兵にお茶を用意するように命令をした。
呆気なく小さな自分の望みが叶いフィオナは驚いた。
「先ほどの軍議の際に結婚の報告はして来た。このゴタゴタが片付いてからになるが式や住む場所のことなど、きちんとするつもりではある」
どこからか武骨な兵がお茶の用意をテーブルの上に置く。
ヴィンフリートが不器用な手つきてポットからお茶を注ぎ、フィオナとジェイドに勧める。
「失礼ですが、ご結婚は?妾としてきちんとするという意味でしょうか?」
何も言えずにいるフィオナに代わって、手を縛られたままのジェイドが鋭い声で訊ねた。
「ああ、もしかして貴女はすでに結婚を?」
ヴィンフリートは表情を硬くしてフィオナに訊ねる。フィオナが控え目に首を横に振るとヴィンフリートはあからさまにほっとした。
「大佐というのならそれなりのお家柄でしょう?そのお年までご結婚がないということは考えれませんが」
ジェイドは質問の手を緩めなかった。
「結婚はしていない、そこのところは色々と事情もあって、落ち着いたら話しをしよう。でも結婚していないないのはお互いだな、一国の宰相の息子が30になっても結婚がまだというのは由々しきことでは?」
ヴィンフリートの反撃にジェイドはぐっと唇を噛み締めた。正体はばれているらしい。
「というわけで、宰相の息子殿を野放しにするわけにもいかないのでな。別の場所に捕らえさせていただく」
ヴィンフリートの言葉に後ろに控えていた兵がジェイドを引き立てる。
思わずフィオナはソファから立ち上がり後を追おうとしたがヴィンフリートの手により止められる。
ジェイドの姿が扉の向こうに消え、ヴィンフリートと2人きりになった部屋でフィオナはやっと窓の外が暗くなっていることに気づいた。
長い1日が終わろうとしていた。