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姫が隠し通路に消える時、なんども不安そうにどうしてついてこないのかと聞かれた
まだやることが残っておりますからと明るく答えたが、別にどうしても自分がやらなくてはいけないことはなく、強いて言うなら姫とは別の通路で場外へ出て少しでも目くらましになればいいぐらいのことだ
潮時だと思っていた。姫が生まれた時から付き従ってきたが、ちょうどいい別れどきだと。姫についていっても先はない、というかこの国に先がない。姫ぐらいはどこかの国の何か利がある貴族などが保護してくれるかもしれないが、付き従う者まで厚遇があるとは思えない。それに姫は姫らしい姫で、仕える者に好かれる人ではなかった。だからと言って敵に捕まり慰み者になればいいとまでは思わないが、どこか自分の知らないところで楽しく過ごしてくれたらいいとは思う、だからちょうどいい別れどき
自分はこの城から上手く脱出できたら上手くこの国からも逃げ出せればいいと思っていた
この国に先はない、大国に侵略され蹂躙され属国となり、この国の国民にはいいことなどなにもないだろう。どこか戦のない平和な国に紛れ込むことは可能だろうか?とりあえずはこの城から抜け出した後だと明かりさえない隠し通路を手探りで進んでゆく
1人で暗いはじめての道は先が見えなくて辛い、後どれくらいここを進めばいいのか、できればたどり着いた出口に敵兵がいなければいい
手を這わした壁に扉のような形を感じた。まだ道は続くがとりあえずこの暗い場所から出たかったので思いっきり体当たりしてみた。ずいぶん歩いたし、城外へ出ているのではないかと思った
簡単には扉は開かない、扉の前に何か置いてあるのかもしれない。何度か体当たりをした、少し開く兆しが見えた。もうちょっとと自分を励まし、思いっきり体をぶつける、開いた。明るい。
転がり出した場所は場内の明るい廊下だった。ずいぶんと歩いた気がしたが、隠し通路に入った場所からたいして離れていない。
廊下に倒れこんだ状態からゆっくり顔をあげる、人がいる、見慣れない軍服だ、敵兵。
どうしようもなくて目があった敵兵にへらりと笑ってしまった。敵兵もいきなり壁から出てきた女にびっくりはしているようだ。
失礼しましたと思わず言って隠し通路にもう一度入った、逃げ切れる自信はないが
待てと言って敵兵が追いかけてくるが待てない
自分を呼ぶ声が通路の先から聞こえたのと、左手首を敵兵が掴んだのが同時だった。きてはいけないと通路の先にいる人物に叫ぶ前に後ろから来た敵兵が追い抜いてやって来た人物を二人掛かりで通路の壁に押さえつけた
万事休す、敵兵に押さえつけられている人物に苦々しい視線を送った、暗くて顔はよく見えないが相手も似たような視線を自分に送っているだろう
そして次は自分の掴まれた左手首に視線をやり、掴んだ敵兵の腕を辿って顔を見た
ただの兵士には見えない豪奢な軍服は位の高さを表していた。その顔にも育ちの良さが滲み出ていた。
腕を掴んだ敵兵はしばらく視線を合わせたまま動かずにいた。たぶん上官が動かないからか彼の後ろにいる兵士たちも動けず、狭い隠し通路は人でいっぱいだ
どうにも居心地の悪い沈黙を破る一言を腕を掴んだ敵兵がやっと口にした
「俺と結婚して欲しい」