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父親が「たかが恋」と言ったのが耳に残っているのヴィンフリートはフィオナに言った。
虚しくなってしまった。自分は何のために結婚しようとしていたのだろうか?人2人殺すため?家のため、結局自分の家があの国で権力を握る続けるため?
婚約者の最後の言葉が一晩中耳から離れなかった。朝が来る頃には少しおかしくなっていたのかも知れない。目についたものだけとってだれにも何も告げず国境まで馬で駆けていた。
国境を過ぎれば引き返しがたくなった。戻った所で一体何があるのだろう。もうあの屋敷に自ら戻りたいとは思えずそのまま馬を走らせた。
馬を休ませるために入った宿屋の酒場で傭兵をしないかと誘われた。目的などなかったので何となくその誘いに乗り、流されるまま軍に入り、この地位まできた。
祖国を捨てての生活は、自分の国でいた頃より自由で結構好き放題できた。家がどうとか、前例がどうとか言う人間がいなく、泥臭い事ができるのが楽しかった。若い王は好意的である程度ヴィンフリートの好きに軍を動かさせてくれた。
好き放題した生活だが、ただひとつだけ決めていたことは安易に女性とは近づかない。心の底から好きになった人と結婚したい、婚約者の言葉は今も耳から離れない。自分がもう少し頭を使って上手く立ち回ってやれば2人は死ぬことはなかったのではないか?誰も傷つけず、今もなんの負い目もなく祖国で暮らせていたのではないか?
悔やんでもやり直せない。だから自分も知るべきだと思った、恋というものを。
なぜそれの相手が自分なのかとフィオナを訊ねた。
ヴィンフリートは笑った。
「いきなり壁から現れた時、本当に妖精だと思った。にこりと笑ってまた壁の中に戻ろうとした君を追いかけなきゃと思った。逃してはいけない、こんな風に思ったことはないんだ。君を幸せにしたい、君にどうにか俺のことを好きになって欲しい。君を幸せにすることが贖罪とは思わないけど、君を幸せにすることで俺は納得できるんだ」
フィオナはヴィンフリートは何も悪くないのではないかと思った。それでぐらいで人殺しなんて物騒な言葉にしてしまっていいのだろうかと。それでもあえてそんなことは彼には言わず、ただ見つめてくる彼の目をしっかり見返した。彼が全てのことを自分に話したとも思えないし、自分が知らない場所で起こったことに安易に口を挟むべきではないと思った。
「本当に幸せにしたいし、ずっと側にいて欲しい。フィオナが不安に思うことは全て解決させるし、望みは全て叶えたい。敵とか味方とか、それは今だけのことで、俺がきちんとすべき事をしてフィオナを大切にすればすぐに気にならなくなる事だと思っている」
彼の言う通り、全てが上手くいくとはフィオナには思えない。自分は彼の好意を踏みにじって彼から離れるかも知れない、離れざるをえない状況がやってくるかも知れない。
何を言っても多分今の彼には障害だとは思われないだろうことはよくわかり、今この瞬間、彼と一緒にいることには納得した。
フィオナはヴィンフリートの目を見つめながら、『それでもたかが恋だ』と心の奥底で冷たく思った。