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「甘いものは好きか?」
ヴィンフリートはにこにこしながら部屋に入ってきた。彼の後ろに続く兵数人が薄暗くなった部屋のテーブルにティーセットをのせる、ロウソクに火を灯し、そして速やかに部屋から出て行った。
フィオナはテーブルの上を見て驚いた。誰に作らせたのか、どこで手に入れたのか、焼き菓子や蜂蜜までそろっている。
「よく似合っている」
ヴィンフリートはスミレ色のワンピースに着替えたフィオナを見て満足気に言った。フィオナは改めて言われると恥ずかしくそっと俯いた。
そんな様子のフィオナにヴィンフリートは「さあ」と言って椅子を引いた、フィオナも躊躇いがちに座る。
「何をしたら喜ぶか考えたのだが」
ヴィンフリートは向かいに座りティーポットからお茶を注ぐ。
ずっとお茶を注ぐ側だったので、自分より目上の者にしてもらうのは抵抗があった。
お茶の注がれたカップをじっと見て口をつけないフィオナに「酒の方がよかったか?」とヴィンフリートは不安気に聞く。
フィオナは首を横に振りそっとティーカップを口につけた。お茶は高級品だ、蜂蜜や砂糖を使った焼き菓子も平民の口には中々入る物ではない。だが一定以上の地位にある者は日常的に口にする。フィオナも毎日姫にお茶を入れていた。それでも交戦中という今の状況を考えればやはりヴィンフリートが無理をして用意をしてくれたものではないかとも思えた。
ヴィンフリートはフィオナがカップに口をつけたのを確認してやっとホッとしたように微笑んで、焼き菓子や蜂蜜を勧めてくる。
「今日は色々話したいと思って、あんな無理やりのプロポーズでは夫婦になったといっても不安だよな。忙しかったのもあってとりあえず夫婦になってしまえば、後のことは時間ができてからゆっくり話せばいいと後回しにしていたのが間違っていた」
軍を率いる大佐という地位にある人間が言うにしては弱気な言葉だった。
「まず自分の事だが、少し話したが俺はこの国の人間ではないし、貴族というわけでもない。そういうのを想像しているのならそういう特権は一切ない。軍の中で地位はありがたいことにあるがそれだけだ」
少しだけバツが悪そうにヴィンフリートは言う。フィオナにとってはその軍の中の地位で十分雲の上なのでなぜ彼がこんなに言いにくそうに言うのかわからなかった。
「大きな屋敷とか、たくさんの召使いとかは今の時点ではない。が、国に帰ればきちんと住む所も生活もフィオナの不自由のないようにする、約束する!これから出世していずれはフィオナの望むような生活をさせる、幸せにする!どれだけ出世しても成り上がり者という目では見られるかもしれない、それは申し訳ないが、それでも表だって言われないぐらいの権力は握るようにするから」
何をヴィンフリートが必死に言っているのかフィオナにはよく理解ができなかった。
自分の望むような暮らしとはどんなものだろう?少なくとも大きなお屋敷でたくさんの召使いなんていうのは想像したこともなかったし、成り上がることが大変なのだ、成り上がりなんて平民のフィオナにはできるわけがない。ヴィンフリートは何と比べて申し訳ないと言っているのだろう。
「夫婦になったのだから知っておいてもらいたいことがある」
ヴィンフリートはそこまで言って自分を落ち着かせる為かのようにお茶を一口飲んだ。
「俺は人を殺したことがある」