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昼も夜も食事はランスロットが持ってきた。相変わらず蔑むような目でフィオナのことを見て、ガシャンと乱暴にお盆を置くと声もかけず出て行った。
そんなに嫌なら断ればいいのにと思ったが、軍で上官の命令に逆らうことは難しいのだろうか?とフィオナは気の進まない食事をなんとか咀嚼した。あのランスロットの悪意を目の当たりにすると毒でも盛られるのではとも思ったがそこまで卑怯でもないらしい。
食事をとる以外の時間をフィオナは窓の外を見て過ごした。
窓の外で見えるのは敵兵ばかりで、見知った顔が通ることはなかった。
私はいつまでここで窓の外を見続けていればいいのだろうかとフィオナはため息をついた。
城が落ちると言われた時、姫と一緒に逃げなかったのは本当に潮時だと思ったからだ。
フィオナの母は王妃に仕える侍女だった。その侍女が父親のわからない子どもを産んだ。それがフィオナだった。母は産後の肥立ちが悪くフィオナを産んですぐ亡くなった。身寄りがいなかったためフィオナは城で育てられた。フィオナが城から出されなかったのは母の相手が城の中で権力を持っているものだったからだとも噂されているが真実はフィオナも知らない。自分の父が誰だというのは噂ではたくさん名前があがっているが、その誰もフィオナに父だとは言ってはくれなかった。
フィオナのあとに生まれた姫の遊び相手になりそのまま侍女となったが先が見えなかった
。
いつまでこうやって笑って、こうやって仕事して、いい人のふりをしないといけないのか
わがままなお姫様のしょうもない思いつきに付き合って、尻拭いして、周りからかわいそうにと言われて、平気だと笑って、これをいつまで続ければいいのか。うんざりだ、終わりがみえない。だから城が落ちると聞いた時ちょうどいい逃げ時だと思った。
姫からも、この城からも、この国からも、ずっと逃げ出したいと思っていた。親のいない自分を育ててくれた恩は感じているがフィオナにとって居心地の良い場所ではなかった。
どこでもいいと思っていたが、敵国の大佐に嫁ぐという選択肢は想像していなかった。そして今もそれが現実になるとは思っていない。
フィオナは着替えたスミレ色のワンピースの裾を摘んだ。なぜこの色を選んだかというとヴィンフリートから渡されたワンピースの中で1番色が地味だったからだ。
フィオナの人生で1番着心地のいい服を着せてもらい、綺麗な部屋に入れられ、これが自分の人生で間違いなく1番の待遇だと確信していた。これ以上を求めると足元を掬われて全てを失う事をフィオナはなんとなく知っていた。望み過ぎてはいけない。
彼の妻になることができて、敵国でそれなりの生活をして、穏やかに暮らすことなど望めるわけがない。そんなに欲張れば、必ず大きなしっぺ返しがやってくる。
扉が静かに開く音がする。
フィオナは暗くなった窓の外から覚悟を決めて扉へ視線をうつした。