11
「ジェイド様?」
鉄格子の向こう側にジェイドを見つけてフィオナはホッとした。
初めて入る地下牢はやはり恐ろしく不気味で、見張りの兵も他に捕らわれている者もいなくてありがたかったのだが、誰もいないということも恐怖を煽る。
やっとたどり着いた地下牢の奥にジェイドは静かに座り込んでいた。
「フィオナ?」
ここで聞くはずのない声にジェイドは立ち上がり鉄格子にすがりついた。
「ジェイド様、ご無事でしたか?」
鉄格子を掴むジェイドの指に触れるフィオナの手が震えていた。普段気丈なフィオナでも敵兵だらけの城の地下牢までやってくるのはどれほど恐ろしかっただろうかとジェイドは震える手を上から握り込んだ。できれば安心させてやりたかった。
「なぜこんなところまで?お前は捕らわれてはいないのだろう?」
「私は部屋に軟禁状態です。今のところすぐに命が危ないとかいうことはなさそうです。ジェイド様は?ちゃんと食事とれてますか?何かひどいことされてはいませんか?」
フィオナは鉄格子越しにジェイドの様子を見た、最後に見た時よりやつれてはいるし、ずいぶん服がさっぱりした。軍服の上着や飾りは取られたようだ。ケガはなさそう、歩けないとか動けないもなさそうに見える。彼自身に問題はないならあとはこの牢の鍵だ。
「ジェイド様、ここの鍵ってどこにあるか知っていますか?」
「敵兵の誰かが持っているだろうが、そんなことよりお前のことだ!こんなところにいていいのか?」
フィオナはジェイドの手の中から自分の手を抜きどうにか外れないかと鉄格子にかけられた南京錠をガチャガチャと触る。
「とりあえず、私の部屋の前に兵はいませんでしたしここにくるまでに見咎められもしませんでしたので。どうにかここから出る方法はないですかね?」
フィオナは諦めきれず鉄格子を引っ張ってもみるが開きそうにない。
「お前の無事が第一だ。わざわざ危ないことをするな、部屋に戻った方がいい」
ジェイドは半ば呆れ顔で言った。
「部屋に戻ってどうするのです?次はどの機会を待ってこの城から抜け出すのです?ジェイド様はこの後どうするおつもりですか?私に敵兵の慰み者になれと?」
フィオナはなるべく感情を込めず声に出した。
「王と王妃は私室で自害されていたそうです。ずっといがみ合ってらっしゃったお二人が皮肉ですよね、死ぬときは二人一緒ですよ」
王と王妃は結婚してからずっと冷たい関係だった。なんとか姫を得ることはできたが、後継の男児を得ることはできなかった。二人の間に何があったか、なぜそんなにいがみ合うのかフィオナは知らなかったが、そんな二人が死ぬときは一緒だったのがただ気持ち悪かった。
「フィオナ……」
気遣うようにジェイドは鉄格子を握るフィオナの指に手を添えた。
「ジェイド様」
名前を呼んだフィオナの声が震えていたのでジェイドは泣きだすのかと思った。が、ジェイドを見上げたフィオナの目からは涙は流れず唇をぎゅっと噛み締めていた。
「もう様はいらない。もう俺は宰相の息子ではない、父も宰相ではない。軍の地位も無くなった。昔みたいに名前で呼んでくれ」
ジェイドはどうにかフィオナを笑わそうとおどけるように言った。
ジェイドが笑うとフィオナも唇を緩める。
ジェイドに様をつけるようになったのはいつだったか、姫と3人一緒に城を駆け回っていた頃はただのジェイドだった。ジェイドが軍に入った頃誰かに呼び捨てにすることを咎められたのだ。
そう、もう一緒に城を駆け回った少年はいない。
「無理ですわ、ジェイド様はジェイド様ですもの!」
「もうなんの意味もなくなったのに」
「そんなこと仰らないでください、どうにかここを出る方法を考えましょう!宰相様の軍はまだ国境近くにいらっしゃるのですから、そちらに合流されればよろしいじゃないですか」
「どう足掻いてもこの国は滅びる」
「この国のことではなくジェイド様のことです」
「国がなくなれば地位も無くなる」
「ジェイド様!」
どれだけ二人で話してもこの牢の鍵が開かなければ逃げ出すこともできない現実がフィオナはもどかしかった。
「大佐と言っていたか?結婚して欲しいと言われていたな?結婚できそうか?」
顔を険しくしたフィオナにジェイドは問いかけた。
「ジェイド様までそんなことをおっしゃるんですか?結婚なんてできるわけないでしょう」
「できるなら結婚してもらえ」
呆れたように言い捨てたフィオナに真面目な顔でジェイドは言った。
「守ってもらえ、敗戦国の人間など誰が保護してくれるか考えてみろ。向こうから手を差し伸べてくれているんだ、散々利用したらいい。他の人間のことや外聞なんて考えるな。大事なのは自分の身の安全だ」
いいなとジェイドはフィオナの手を握った。フィオナは予想外のジェイドの言葉にただジェイドの顔を見つめることしかできなかった。
その時遠くで扉が開く音が聞こえ、数人の足音が聞こえてくる。
この地下牢の出口は一つだ。
二人は顔を見合わせどちらともなく繋いだ手にぎゅっと力を込めた。