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目を開けると「おはよう」と声をかけられた。
目の前にヴィンフリートの顔があった。ずっと寝顔をみられていたにかと思うと恥ずかしく、フィオナは両手で顔を隠した。
「おはよう、ございます。早起きですね」
「一応軍人で、ここは戦場だからなー。でもこうしているとそういうことを全部忘れそうだ」
フィオナの髪を撫でながらヴィンフリートは言う。
「早く休みをもらえるようになって、ゆっくりフィオナと過ごしたいな。そのためには早くこのゴタゴタを終わらせないとな」
少し厳しい顔になってヴィンフリートはベッドから起き上がる。
「あの、できれば自分の部屋に着替えを取りに行きたいのですが」
身支度を始めたヴィンフリートにベッドの上からフィオナは勇気を出して話しかける。
「そうだな、忘れていた」
フィオナの言葉にヴィンフリートは扉の近くに置いてあった荷物を思い出した。昨日の夜渡そうと思っていたが、色々あって忘れていた。ヴィンフリートはその荷物を手に取りベッドの上のフィオナ渡す。
「昨日街に出ていて、たまたま仕立屋を見つけて、すぐに用意できたものなので大したものではないが、よかったらこれを着てくれるか?」
ヴィンフリートから渡されたのは綺麗に畳まれた若草色にすみれ色、水色のワンピースだった。どれも優しい色合いで貴族の娘が普段着で着ていそうなものだ。
「これを、私に?」
「趣味に合わなければ申し訳ない、もう少し落ち着いたら気にいるものを作らせるので、とりあえずはそれで我慢してもらっていいか?」
「嬉しい」
ワンピースを広げながらフィオナは嬉しそうに微笑んだ。ずっと城勤の侍女なので今着ている黒のお仕着せが当たり前だった、私服もあったがこんな綺麗なワンピースなど買えるわけもなかった。
ヴィンフリートはその笑みに魅了された。
「あとフィオナのご両親に挨拶をしに行きたいのだが」
ヴィンフリートの言葉にフィオナは困ったように笑った。
「親はいません」
静かな拒絶の声だった。
「すまない」とヴィンフリートが反射で謝るとフィオナはにっこり笑って「あなたのご両親は?」と聞いた。
「両親には会えない。色々と事情があってな。落ち着いたら全て話すよ」
ヴィンフリートは何かを隠すように笑った。
扉をノックする音がして、ヴィンフリートが扉を開き、扉の外の兵から2人分の朝食がのったお盆を受け取り2人で朝食をたべる。
朝食を食べ終わるとヴィンフリートは「すまないがもう少しここでいてくれ、時間を見つけて戻ってくる」と名残惜しそうに言って出て行った。
フィオナはにこりと笑って見送り、扉に鍵がかけられていないことを音で確認した。
あとは見張りの兵か、とフィオナは名残惜しそうにベッドの上に広げたワンピースを畳みながら考えていた。上手く行けばこのワンピースに袖を通すことはないかもしれない、それは少し心残りだったが、このワンピース自体が自分には不相応なものなのだから仕方ない。
思い切って扉に近づき、フィオナは開いてみる。だがそこには誰もいなかった。確かヴィンフリートは昨日兵が1人いると言っていたと思うが、それは昨日だけのことだったのだろうか?昨日1日でフィオナが部屋から出ることはないと判断されたので今日はいないのだろうか?
どちらにしても好都合だ。
ジェイドは牢いると言っていた。たぶん地下だろう。行ったことはないが場所はわかる。
部屋さえ出ることができたら、城の造りは敵兵より熟知している、人が余り通らない道もわかるし、見つかったとしても上手く逃げ通せると思う。懐には護身用短剣がある。特に持ち物を確認されたりもしなかったので取り上げられることもなかった。
一歩出たら後戻りはできない、フィオナは廊下に出、静かに扉を閉めて走り出した。