お嬢様はさすまたを使って無双します ~さすまたに転生した俺と無敵無敗の悪役令嬢物語~
TL上の皆さんに捧げます!
「結局私の手元に残ったのは貴方だけ……無様なものね」
埃っぽい部屋の窓際、わずかな陽光だけが差し込む中……お嬢様は俺の黒光りする棹部分を愛おしそうに撫でながら一人涙にくれる。
彼女の、アレストお嬢様の本音を聞くのは俺と、部屋のお宝だけだ。こいつらもほとんど使われないから寂しそうだな。
『お嬢様。顔をお上げください。貴女がいて、俺がいる。ならばまだ負けてはいません』
だからこそ俺はそうつぶやいてわずかに自身を震わせる。言葉が通じているかはわからないが、俺が反応したことはわかる、そのはずだ。何の因果かさすまた何かに転生してしまった俺をまるで誕生日に買ってもらったアクセサリーのごとく常に持ち歩き、どこへでも一緒に連れ出してくれる彼女には返したくても返しきれない恩がある。
「あら、さすまたの癖に私を励まそうというの? 健気な事ね。私がいらないと思えば捨てられるのがそんなに怖いのかしら?」
顔には見る人の多くが震えあがりそうな冷たい笑みを浮かべ、その細い指先でお嬢様は俺を挑発的に撫でる。金属でしかないはずのその部分を撫でられただけで、俺は極上のマッサージを受けたかのような幸福感に包まれる。ああ、もっと撫でてください、そうつぶやけたらどんなにいいことか。しかし、今の俺はさすまたである。
『右ばっかりじゃなくて左もお願いします!』
だから、俺に出来ることはブルブルと小刻みに揺れてその気持ちをアピールするだけであった。自分で考えて震えるさすまたというのもどうかと思うけど、聖剣だとか伝説の武器もあるらしいしきっと大丈夫だろう。
「欲張りね……じゃあ、終わったらご褒美にね」
ご褒美? 終わったら? そんな言葉はお嬢様が俺を構え、物陰に隠れることで霧散した。そんな行動をとらないといけない相手、侵入者だ。ここには限られた人間しか入れないはずであった。王族と、管理を許された家の者のみ。よくわからない仕組みで恐らく本人に流れる血を見ているというのがお嬢様の見解だ。
無駄に大きな彫像の影に隠れ、侵入者の様子をお嬢様と伺う。正規の手段であれば天井の灯りがつき、中を明るく照らすはずである。しかし現状は暗いまま。つまりは人に言えない手段での侵入者ということになる。ずっと暗かったということはお嬢様もその類と言えるのかもしれないけれど、何もしていないのは俺が保証する。だからどうだって話だけどな。
「へへっ、情報通り誰もいねえな」
「そりゃそうさ。この扉には普通の鍵がねえんだからな。安心してるのさ」
わずかな光に照らされた姿は顔の見えないいかにもな不審者たち。どう考えても泥棒です、ありがとうございました。等と冗談を飛ばしている状況でもなく、こいつらはこの宝物庫から何かを盗み出そうというのだろう。
『残念だったな。ここにお嬢様がいて、俺がいる。お前たちは失敗するんだよ』
「そこまでですわ!」
奇襲すればさらに楽なのに、なぜかそんな声をかけるアレストお嬢様。こういう人なんだよな……と思いつつ、俺も全身に力を入れる。さあ、さすまた無双、もといお嬢様のさすまた無双の始まりだ!
「被害を未然に防いだことは喜ばしいことだ。しかし、犯人たちの尋問から、入った時には暗かったとのこと。アレスト、お前が中にいたのならなぜだ? そもそもなぜ中にいた?」
「怪しい2人組を見つけましたので、先回りしようと思ったからですの。方法はここでは言えませんわ」
何も盗まれることなく、ハッピーエンドかと思いきやお嬢様は呼び出され、偉い人たちに囲まれていた。正面にいる髭親父はこの国の王様だろう。王冠被ってるしな。っていうか今さらだけど俺ってさすまたなのにどうやって周囲を見てるんだ? まあいいか。そんなことよりお嬢様だ。
「言えないだと? 自分が盗めなくなるからではないのか!?」
唐突に、そんな失礼なことを言ってきたのは名前も知らない偉そうなやつ。いけ好かない顔をしている。コイツ、前にもお嬢様に色目を使っていたんだよな。俺的捕り物リストに入れておこう。
「ご冗談を。そんなつもりがあるのならとっくにそうしてますわよ。盗られたこともわからぬように、入念に準備して、ね。第一、今の私から高級品を買い取ろうとする商人がいるんですの? 夫を迎えることも禁止され、国からの俸給も無くなった家が贅沢をしたらすぐに足がつきますわよ」
ため息とともにお嬢様のドレス……所々痛んで自分で補修しているという涙ぐましい代物、が揺れる。お金が無いのも確かだが、お嬢様の役目である宝物庫の管理、防犯の都合上、何回も犯人とやりあうためにいつもぼろぼろになるからだった。
『ああ、お嬢様……俺がさすまたなんかじゃなければもっと強くなれたかもしれないのに』
なぜ神は俺をさすまたに転生させたのか。届かぬ恨みに応えるように体が揺れた。その時気が付いた。偉い人に囲まれ、あらぬ疑いを駆けられているというのにお嬢様は笑っていた。誰であろう、俺を見て。人目があるというのに、俺の柄部分をそっと撫でる。まるで……俺がいるから他はいらないのだとでもいうように。
「お話は終わりですの? であれば仕事の時間が迫っておりますので失礼してもよろしいでしょうか?」
「1つ、聞きたい」
自分の体より大きい俺を持ったままだというのに、優雅な姿勢を崩さないアレストお嬢様の表情がその時だけは揺れた。声の主はこの中では比較的若く見える壮年の男。俺はコイツが嫌いだ。なぜなら……お嬢様からすべてを奪う事件のきっかけはコイツだからだ。
「なんなりと。ジャスタ卿。ああ、宝物庫への出入りの方法は秘密ですわよ」
だというのに、内心の怒りや恨みを全てのみ込み、優雅な顔を張り付けたお嬢様が顔を上げる。その姿に、ジャスタ卿以外の面々が後ずさるのがわかる。鬼気迫る気配を感じたんだろうな。腕につかまれてる俺もびんびんに感じるぜ。
「君はこの王国での将来、継ぐ家、全てを失った。であるのになぜ役目を辞退しない。むなしくはないのかね?」
どの口が言うのか。俺は聞こえないのをいいことにあらんかぎりの罵詈雑言をジャスタ卿へとぶつける。一通り叫んだあと、ふと静かなままのお嬢様が気になってそちらに視線をやり……固まった。
お嬢様は泣きも笑いもしていなかった。ただ静かに、真剣そのものの表情を浮かべ、手の中の俺をまるで騎士が剣を携えるように構えなおし、王様であろう髭親父に向き直ると膝をつく。
「私の身は国の、王のために。無敵無敗、プラクティス家の名の元に。例えどれだけの汚名を背負おうとも、役目は果たして見せましょう」
それは宣誓。すべてを失ってもなお、自身の役目だけは果たして見せる、そんな覚悟。長年お嬢様の家が代々引き継いできた役目、それを辞退するということは家の歴史を捨てるということに他ならない。例え自分の子供が作れず、その歴史は自身で終わるとしても、最後まで勤め上げる……そんな覚悟の宣誓だ。
問いかけて来たジャスタ卿も自分を無視した形になっているはずなのに言葉もなくお嬢様を見つめている。
『お嬢様……俺、俺! ついて行きます! どれだけ錆びても、ぼろぼろになっても! 例え折れたって!』
震える俺に、片膝をついて伏せたままのお嬢様が少しの間だけ、微笑んでくれた。俺はもう、それだけで十分だった。この人を守り、この人のために戦おう。そう思えたのだ。
「下がってよろしい」
冷たくも感じる王様の命がその場の終了を宣言した。誰も動かない中、お嬢様だけが静かに、そして優雅に一礼すると俺を掴んだまま部屋を出ていくのだった。
「やってしまったわ。もう引っ込みがつかない。どうしましょう」
『やれるだけやるしかないんじゃないですかねー』
物陰を進み、人気がないことを確認してから弱音を吐くお嬢様は可愛い。とても可愛い。どうしましょうと言いながらも生活費を稼ぐべく町に出ようというタフなところが俺だけが知っているお嬢様の可愛いところの1つだ。お嬢様の可愛いところはたくさんあるが今語ると夜になっても終わらないからな。
「ひとまずは家に帰りましょう。まあ、それも来月末までですけれど……」
俺にだけ聞こえるため息1つ。次の瞬間にはお嬢様はいつものお嬢様に戻っていた。
これは全てを失い、けれども愚直なまでに役目に邁進し、決して日向に出ることが無いことが今の段階では確定しているアレストお嬢様の無双物語である。なるんだよ、させるんだよ。他の誰でもない、俺がお嬢様を無双させるんだ!
「トライ、静かにしてくださいな。寝れませんわ」
『はいっ! お嬢様!』
もしかしなくてもお嬢様は俺がいなくても無双できるかもしれないけれど……俺、頑張ります!