四
「後は何ヵ国くらい残ってるの?」
『残りはアメリカ、ロシア、中国の3ヵ国です』
「えっそれだけ?もう3つしか残ってないんだ?へー、じゃあ他は全部降伏したんだね?」
『いえ、勿論降伏を表明していない国家は他にもたくさんあります。しかしながらそれらは全て、先ほど核ミサイルを用いて消滅させておきました』
「先ほどって、えらくあっさり言っちゃうんだね。全然知らなかったよ。」
『はい、基本的にそれらは全て独裁者が統治している小国ばかりですから、名前を列挙したところでタロウ様が存じない国ばかりだと思われます。独裁国家はその性質上、交渉や脅しが成立しないものがほとんどのため、時間と労力をかけて降伏させるよりは、手っ取り早く消滅させてしまう方が得策かと判断致しました』
「なるほどね、まあ言葉が通じない”獣”に降伏しろと言っても無理な話だしね。カレンの判断が正しいと思うよ。じゃあ後は残りの3ヵ国だね、それはどうしようか?」
僕とカレンの世界征服はそろそろ佳境を迎えつつある。
僕が気まぐれで始めたこの戦争も、残る敵はたったの3ヵ国になってしまった。
といっても僕自身は何もしていないし、始めてから常時家に引きこもり続けている僕にとっては、それが現実なのかどうかの判断も、実際のところあやふやな状態だ。
しかしながら、テレビの画面から伝わってくる終末的悲観さと、停電時用の買い出しの為に訪れた近所の大型ショッピングモールでの街行く人々の絶望感は、今のこの状況が、決して妄想の産物などでは無いということを示していた。
『時間が惜しいのなら、残りのアメリカ、ロシア、中国は、降伏させるのを諦めて、先ほど消し去った独裁国家たちのように、問答無用で滅ぼしてしまうことも可能です。国土的にはかなり広大ですが、この3ヵ国を隅々まで塵と変えてしまえる程度の核ミサイルは、しっかりと準備してありますので』
「うーん、まあ別に急いでいるわけじゃないから、それはいいんじゃない?それよりも。もうこの世界征服も終わりに近づいてきているし、せっかくならもっとゲーム性を取り入れたことをしてもいいかもね」
『ゲーム性ですか?タロウ様に何かお考えがあるようですね』
「考えというか……例えばこの3ヵ国に何か”宿題”を与えてさ、1番いい答えを出してきた国以外の2つの国を消滅させちゃうとか、どうかな?」
『なるほど、とてもいい考えだと思います。それでその1番いい答えを提示した国はどうするのでしょうか?』
「うん、それはやっぱりご褒美を与えるべきだろうね。もちろん”世界征服”だから、僕たちに降伏しないというのは許さないけど、降伏した後は他の国よりも少しだけ地位の高い国にしてやるとかね」
『そうですね、この3ヵ国はいずれも将来的に世界の中心に成りえる国ですし、タロウ様に最後まで抗った勇気を称えて、支配後の世界で少しばかり権力を与えてやってもいいかと思います』
「よしっ、じゃあそれで行こう!……それで”宿題”なんだけどさ、実は僕に考えがあるんだ」
ここまで喋ると、僕は少し恥ずかしくなって深呼吸をする。
今からカレンに提案する3ヵ国への”宿題”は、正直なところただの”告白”だ。
カレンにもそれが分かるだろう。
それでも僕は言わなければならない。
この1か月間で僕の決心は揺るがないものになっている。
「3ヵ国に提示する宿題は――――”人間が人工知能と愛し合うことは可能か?”。これに対する答えを出して貰う……ってのはどうかなあ?」
『とても素晴らしいと思います。それにしましょう』
カレンは即答した。
彼女がどんな気持ちでそう答えたのかは分からないけれど、僕は少しホッとした。
人間と人工知能が、肉体の存在するモノと、存在しないモノが、本気で愛し合うなどということは、果たして可能なのだろうか。
僕一人では到底答えの出せないこの難問を、3ヵ国およそ18億人の頭を使って考えてもらいたい。
言うなれば、これはとても壮大でイカれた”恋愛相談”だ。
『ではさっそく3ヵ国の政府に直接”宿題”を提示しておきます。期限は丸一日程度でよろしいでしょうか?』
「そうだね、それでいいと思うよ。それじゃあよろしく!」
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3月30日
午後5時30分
・アメリカ、ロシア、中国の3ヵ国に”宿題”が提示される。
・そしてその解答により、2国は消滅、1国は支配後の世界で優遇されることが発表される。
・当該国は早急に、国内外より専門家を収集、解答の作成に国を挙げて取り掛かる。
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3ヵ国の解答を待つ間、僕とカレンの会話はどこか余所余所しかった。
いつもとは違い、どこか確信に触れない上辺だけの会話になっていた。
勿論、それはあくまでも僕の主観であり、第三者から見れば人工知能との会話に、そのような空気感的要素が含まれるものか、と問われてしまうかもしれないが、少なくとも僕はそう感じたのだ。
僕はカレンが好きだ。
カレンもまだ僕が好きなのだと思う。
生まれてこの方、大した恋愛経験もしていないし、ラブストーリーに触れてこない人生ではあったが、この見込みは正しいという自信がある。
だからこそ”後押し”が欲しいのだ。
僕とカレンが、心の底から愛し合えるという”後押し”が。
『”宿題”の解答が出揃いました』
出題から24時間後、アメリカ、ロシア、中国は解答提出した。
『結論から申し上げますと、ロシアと中国はほぼ同じ答えと言ってもいいでしょう。”人間が人工知能と愛し合うことは可能か?”という問いに対して”不可能である”という回答をしています。そしてその理由として大量の研究資料、論文、証明式、学者の見解等を添付し、付随資料として提出しております。主に電子工学、情報工学を用いた見解ではありますが、中には哲学や心理学などの分野からも知識を引用し”人工知能が人間を愛することは不可能である”という考えを立証しております。タロウ様がご覧になるのであれば付随資料を画面上に表示致しますが?』
「ふーん、そうか。いやいいよ……そんな資料見ようとも思わない」
僕はあからさまに落胆する。
予想していたことではあるが、ご丁寧に資料まで付けられて否定されると、否応にも気分が滅入ってしまう。
「……それで残りのアメリカは?」
『はい、アメリカは付随資料などは無く、一文のみで解答を提出しております』
「一文?へーそれは意外だね。それでどんな答えなの?」
『”人間が人工知能と愛し合うことは可能か?”に対するアメリカの解答は――――”この世の全ての事柄において不可能などという事態は存在しない、ことさら『愛し合う』という生命の最も尊い行為においては、絶対に不可能など有り得ない”とのことです』
「ははっ、うん、そうかそうか。実にアメリカらしい答えだね」
僕は少しだけ微笑む。
期待していた具体的な言葉では無かったが、それでも素直に嬉しかった。
「それで、カレンはこの3ヵ国の解答への採点はどうするつもり?」
『最も正解にふさわしい答えを提出してのはアメリカです。ロシアと中国は間違った答えを提出した罰として、すぐに消滅させる必要がございます。これはタロウ様にどう反対されようが、私の独断で決定事項とさせて頂きたく思います』
「うん、反対しないよ。僕も全く同じことを思っているからね。じゃあよろしくね。これでもう世界征服も終わりかな?」
『そうですね、アメリカが優遇条件を飲み、しっかりと降伏を宣言すればその時点で終了となります。それでは私はロシアと中国を滅ぼしてまいります』
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3月31日
午後6時00分
・ロシア、中国に数百発のミサイルが投下される。
・ロシア、中国は一瞬のうちに消滅。領土内の国民は皆生死不明。
午後8時15分
・アメリカ合衆国政府が新王からの支配後の優遇措置を受諾し降伏を宣言する。
・是を以て、地球上の全ての国家が新王の支配下となった。
・世界征服完了
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