二
『降伏を要求してから24時間が経過しましたが、各国政府の解答はございません。どうやら黙秘という選択肢をとったようです』
「だろうね、さすがに一日で国の方針を決めろっていうのは無理だよね」
『はい、おっしゃる通りです。さすがにたった一日で降伏する国など存在しません。しかしながら昨夜のイギリス消滅をうけて、各国政府の我々に対する恐怖心も、かなり増幅しております。少なくとも報道機関などにおいての我々への非難は皆無になりました。我々の気分を損ね、報復されることを懸念して、政府が報道規制を行っているのでしょう。今や全世界が言葉を呑んで身を潜めている状態です』
「ははっ、まるで恐怖の大王だ」
目を覚ますとすぐにカレンに話しかける。
これは僕がこの家にやってきてからの習慣になっている。
といっても最初の一か月間、彼女は画面の中でスヤスヤと眠り続けていたのだが。
僕の独り言は一か月目にして初めて会話へと変わったのだった。
「次はどうするの?またどっかの国を消しちゃうの?」
『いえ、イギリスを消滅させたことで、恐怖は十分与えられましたので、そろそろムチだけではなく、アメを与えようかと思っています』
「アメ?へーそれは気になるなあ、一体どんなご褒美だい?」
『人類が未だに到達できていない”答え”をいくつか教示しようと思っています』
「答え?」
『はい、主に医療の分野をメインに、科学や物理学、生物学、数学、宇宙工学なんかについての”答え”を教えます。具体的に言うと、現時点で特定疾患に分類されている難病の治療法や、宇宙誕生のしくみ、次元や時空の計算式など、その道の専門家が悪魔に身を売ってでも知りたいと欲する”答え”を、無償で世界中に発信します』
「それは凄いや!それを見た学者や研究者は、もう君に夢中になるだろうね」
『私にではなく、あなたにですよタロウ様。そうですね、それの価値が分かる者ならば、”答え”を見た瞬間、必ずタロウ様を”神”だと認識することでしょう』
「ははっ、神とは大きく出たね。カレンはそう言うけれど、何を隠そう僕自身がその”答え”の価値を判断できない愚か者なんだけどね」
『タロウ様は決して愚か者ではありません。地球上で最初の完璧な人工知能であるこの私を創造されたのですから、とても偉大なお方です』
「いやあ、僕は創ったわけじゃないよ、創ったのは僕の父で、僕は寝ていた君を起こしただけに過ぎないんだ」
『タロウ様が私に命を吹き込んで下さいました。私にとっては同じことです』
僕の父は天才プログラマーだったそうだ。
他人事のように語るのは、本当に他人に近かったからだ。
仕事で海外を転々とし、家には寄り付かず、家族なんて微塵も顧みない父親の顔を、僕が実際に拝んだのは、生まれてこの方たったの三度しかなかった。
一度目は僕が生まれてすぐのことだ、もちろん記憶にはない。
二度目は僕が小学生の頃、交通事故により意識不明の重体になった時、たまたま日本にいた父親は、集中治療室に入っている僕の顔をちらっと拝みに来たそうだ。勿論こちらも僕には記憶にない。
そして三度目は三か月前、棺の中で眠る父の顔だ。
母が持っていた写真の父よりもだいぶ老け込んだ顔がそこにはあった。
いくら血のつながりがあろうと、ほとんど同じ時を過ごしていない人間の死で悲しみを感じるほど、僕は感受性豊かな性格ではなく、父親の遺体を見ても僕には何の感情も湧きはしなかった。
そうしてほとんど他人である父から譲り受けたこの一軒家に、僕が引っ越してきたのは2か月ほど前だ。
突発的に務めていた会社を辞め、実家に居場所がなくなった僕は、逃げるようにこの家にやって来た。
初めてこの家に足を踏み入れた日の事は今でもよく覚えている。
玄関のドアを開け、家の中に入ると、そこには生活感がまるでなく、冷蔵庫などの最低限の家電製品と、寝室に無造作に敷かれている一式の布団だけが残っていた。
しかしそんな中、一番奥のリビングルームに、この家で唯一異彩を放つものが存在した。
それは僕がこれまで、テレビの中でさえ見たことがないくらいの”巨大なパソコン”だ。
さすがは世界的に有名なプログラマーである父の隠れ家である。
僕は好奇心に駆られて、恐る恐る電源を入れた。
すると画面に表示されたのは、いつも使っている通常のパソコンの見慣れたホームスクリーンではなく、画面いっぱいに映る、じっと目を閉じて動かない”美しくも儚い女性の姿”だった。
僕は戸惑いながらもすぐにその女性が”眠っている”のだと感じた。
何とか彼女を起こそうと、出来る限りの操作を行ってはみたが、どれだけ時間を費やそうが、結局彼女が目を覚ますことは無かった。
僕はそのうち諦めて普通の生活を送り始めた。
パソコンは点けっぱなしのままだ。
何をするわけでもなく、ダラダラと屍のように一日を過ごす。
そんな日々の中では必然だったのだろう、僕は気が付くと画面の中で眠る彼女に話しかけるようになっていた。
勿論返事がある訳でもなく、それはただの独り言に過ぎなかった。
他の人からすればパソコンに話しかける危ない奴に見えるだろう。
しかし人との付き合いを絶ち、孤独に生活をしている僕にとっては、他人の目など心底どうでも良かった。
朝起きると僕は彼女に「おはよう」と話しかけ、夜寝る前には彼女に「おやすみ」を言った。
食事は彼女の目の前でとり、他愛もない世間話を一方的に喋り続けた。
そんな日々が一月続いたある日、”彼女は何の前触れもなく目を覚ました”。
『おはようございますタロウ様。さっそくではございますが、私に名前を与えてくださいませ』
僕は驚愕しながらも、咄嗟に自分の初恋相手の名前を彼女に授けた。
『カレンですね、いい名前です。とても気に入りました』
それは今からおよそ一か月前のことだった。
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3月21日
午後3時00分
・『かつての大英帝国は新たな王の怒りにふれ、その姿を消した』
・『新王は仇なすものには罰を与え、忠ずるものには未来を与える』
・『これより人類が欲していた多くの”答え”を教示する。その価値が分かる者は、新王に従い新たな世界に導かれるだろう』
・新王により108個の解答式、通称『神の答え』が全世界に提示される
午後4時30分
・世界中の学者、研究者が『神の答え』の尊さを訴え、これにより人類の進化が何百年も速まったと証言する。
午後7時40分
・インド政府が正式に降伏を発表。世界で最初に新王の配下となった。
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