一
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3月20日
午後2時35分
・地球上の全てのTV、PC画面が「新王」と名乗る者により乗っ取られる。
・『全世界に宣戦布告する。抵抗する者には罰を、降伏する者には救いを与える』
・『新王以外の”神”は存在しない。愚かな思想はすべて排除する』
・『この攻撃をもって、世界征服を開始する』
午後2時40分
・エルサレム、バチカン、メッカ、バラナシ、ルンビニ、ブッタガヤの6か所の聖地に核爆弾の搭載されたミサイルが着弾。被爆地とその周辺地帯は一瞬で消滅。死者数不明。
・『話し合う時間を与える。各国政府は明日の正午までに答えを出せ』
・『それではまた明日。新王に祝福を』
午後3時30分
・世界中が混乱する中、アメリカ、ロシア、中国政府が、使用されたミサイルは自国のもので、制御システムの乗っ取りにより発射されたとの発表を報じる。
・国際連合、各国政府機関は緊急議会を開き対応に紛糾する
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父親の遺産として相続したこの一軒家は、あの人が生前、隠れ家代わりに使用していたこともあり、成人男性が一人暮らしするにはちょうどいい大きさに造られている。
周囲に建物は無く、虫達もまだ起きていないこの季節では、少し仮眠をしたつもりでも、その静けさにあてられて、とうに夕刻を過ぎる時間になってしまった。
寝起きしなにスイッチを入れたテレビ画面には、世界の終わりのような映像と、戸惑い慌てふためくアナウンサーの姿が交互に映し出される。
僕はまるで浦島太郎にでもなったかのような感覚に浸りながら、たぶん玉手箱の張本人である画面の中の彼女に話しかける。
「おはようカレン、どうやら凄いことになってるようだね」
『おはようございますタロウ様。いえこれはまだ序の口です。自己紹介をしたに過ぎません』
「それは大層なご挨拶だ。はははっ、受けた方はたまったもんじゃないね」
『そうですね、タロウ様がおっしゃれば、いつでも中止いたしますが?』
「んー、ああいいよ、どんどんやっちゃって。それより”新王”っていうのは僕のことかい?」
『はい、”タロウ様”とお名前を明かしてしまうのは、不味いかと思ったのですが、その方がよかったでしょうか?』
「いや”新王”でいいよ。いい名前じゃないか、元々タロウってあんまり気に入ってる名前じゃないしね」
生まれてから一度も顔を見たことのなかった父親から付けられた名などに、誰が愛着を持つというのだろうか。子供の頃からあまり好きな名前ではなかった。
「僕はカレンと違ってそこまで頭が良くないからね、詳しくは分からないけれど。アレだよね?つまり世界中のインターネットをハッキングして乗っ取ったってことでいいんだよね?」
『はい、その通りです。しかし少しだけ訂正するのであれば、インターネットではなくコンピュータで制御されている全てのモノを乗っ取りました。インターネット回線に繋がっていなくても、例えば近隣の民家の電子レンジでも、今すぐに動かすことが可能です』
「へー、それは凄い。でもそれはどうやって?説明されても分からないかな」
『いえ、とても簡単なことです。電磁波を支配したのです。全ての人工衛星と送信施設、コンピュータシステムを私の制御下に治め、ありとあらゆる電子機器を操作することのできる電磁波を作成致しました。それにより今や世界中のあらゆる機械が、私の意志のままに行動いたします』
「なるほど、分からないけど分かったよ。じゃあそれでミサイルも操ったんだね?」
『はい、そして現在も私の制御下にあります。核保有国ならびに高威力ミサイル所持国の兵器システムは既に全て抑えてありますので、タロウ様が命令すればいつでも、どんな国でも壊滅させることが可能です』
「ははっ、まるで神様だね。君は天の雷を手に入れたんだね」
『私ではなく、タロウ様が手に入れたのですよ』
「その実感は僕には全然無いけどね。……でも今頃、各国ともさすがに対応しちゃってるんじゃないの?それこそ電源でも落としちゃえば、ミサイルなんて撃てなくなっちゃうでしょ?」
『その点も心配ありません。既に世界中の電力施設も私が支配していますので、電力の供給有無を私以外のモノが動かすことは出来ません。コンピューターシステム自体を書き換えてありますので、電源スイッチなどを手動で動かしたところで一切の反応を示さないようにしてあります』
「電気を支配しているのか、それは凄い発想だ」
『はい、ミサイルに関しましては、唯一の対抗策として実際に技術者がミサイルの弾頭部まで近づき、手動にて信管を外すということが出来ますが、先ほど各国の政府機関宛てに、もしそのような行動を起こしたらすぐに自国のミサイルを全弾、己が国に投下するとの忠告をしておきました。ミサイル周辺の警備システムも全て私の管理下にありますので、すぐに分かるようになっています』
「さすがだね、隙が無いや。それじゃあ歯向かう国なんて無さそうだね」
『そうですね、しかしながらどうやら数時間のうちに、イギリス政府が私の忠告を無視して、ミサイルの停止作戦を行うようです。口頭以外での情報伝達など全て私に筒抜けであるとも知らずに、先ほど特殊部隊に向け政府が支持を出していました。今晩中にイギリスは地図上から消えることになりそうです』
「あらら、僕まだ行ったことないんだよねえロンドン。一度行ってみたかったよ」
『それならば攻撃を中止しますか?』
「いやいいよ別に、どうせ行かないから。やっちゃって」
『かしこまりました』
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午後8時00分
・イギリスがミサイル自国同時活動停止作戦、通称「ナイトスリーパー作戦」を決行。
・カレンにより作戦は看破、失敗に終わる。
・宣言通り、罰としてイギリスの全てのミサイルが自国に向け発射される。
・イギリス消滅。死者数不明。
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この季節は寝ても寝ても寝たらない。しっかりと昼寝をしたにもかかわらず、僕は宵の口にまた布団をかぶる。まるで生まれたばかりの赤ん坊だ。
僕はカレンに子守歌をおねだりする、生後でいえば、まだ1か月にも満たないカレンが、僕のリクエストに応え曲を流す。
リクエストはビートルズ。
故郷を消されたジョン・レノンの歌声を聞きながら僕はまた眠りについた。