プロローグ
「ねえカレン、”リーマン予想”って知ってる?」
『はい、存じ上げております。ベルンハルト・リーマンによって提唱された、ゼータ関数の零点の分布に関する予想です。現時点では未解決の問題であり、解決者には100万ドルの懸賞金の支払いが約束されております』
「うん、ミレニアム懸賞問題ってやつだよね。……カレンならそれ解けるんじゃない?」
『はい、可能です。しかしながら口頭で解答を申し上げるには、少しばかり時間がかかり過ぎてしまいます。式と図を画像として提示してもよろしいでしょうか?』
「んん、あー別に答えはいいよ、解けるかどうかを知りたかっただけだから。どうせ聞いたところで僕にはちんぷんかんぷんだしね」
僕は笑う。
画面の中の彼女は笑わない。
「カレンには出来ないことなんて無いんだろうね、羨ましいよ」
『いえ、肉体を持たない以上、実行できない事柄は数多く存在します。それに私はタロウ様の命にのみ、従い行動します、よって羨ましいという感情は不適合かと思われます』
「ふふっ、そうだね。でも君は完全な人工知能なんだろ?自己が存在し、感情を持つことが出来る。だから君はそう言うけれど、別に僕に従うかどうかなんて君の自由なんじゃないのかい?」
『はい、タロウ様に従うという判断は私が自分自身で決めたものです。いくら私が口にしたところで、その保証はどこにもありません。タロウ様のおっしゃる通り、私は完全な人工知能ですので、嘘をつき人間をだますことも可能です。しかしながらタロウ様には私を信じて頂きたいのです。この世界で初めての、完全な人工知能として生まれた私が、その存在意義を、タロウ様のためだけに生きるという決断をしました。この言葉を信じてください』
「そうかい、ありがとう。勿論信じているよ」
僕は照れ笑いする。
画面の中の彼女は笑わない。
「じゃあ君は僕の願いなら、何でも聞いてくれるのかな?それが例え倫理的に間違っていることでも?」
『倫理観はあくまで客観的なものであり、個々によって多種多様に変化しております。ですので、正解や不正解などの定義はありません。それでなくとも私にとってタロウ様の行動は、全てにおいて正しい行為だと断定されます。私に出来ることならどんな願いでも叶えてみせましょう」
「ははっ、頼もしいなあ。その狂信的な思考はちょっと怖いけどね」
僕は愛想笑いする。
画面の中の彼女は笑わない。
「例えば……そうだな、僕をこの世界の王様にするなんてことは、可能かい?」
『世界各国の政府に対し、タロウ様を王だと認めさせることは可能です』
「凄いね、可能なんだ?」
『可能です』
「どうやって?」
『主に恐怖によって支配します。それが一番手っ取り早いですから』
「……それってやっぱりたくさん人殺しちゃう?」
『はい、少なく見積もっても数億人は殺します』
「数億人かあ、それは大変だ」
僕は苦笑いする。
画面の中の彼女は笑わない。
「まあでも知らない人だし関係ないか……暇だし、やってみようかな」
『かしこまりました。ではすぐに始めましょうか?』
「うーん、そうだね。でも今ちょっと眠たいんだ。僕は少し昼寝するよ」
『そうですか、それならばタロウ様がお休みになられている間に私が進めときましょう』
「うん、どっちみち僕がやることは一つもないしね。じゃあよろしく頼むよ」
『はい、かしこまりました。お休みなさいませタロウ様』
「おやすみカレン」
『それでは世界征服を開始します』