剥製屋事件簿その三<人殺しは見れば分かる>
六月にはいり雨の日が続いていた。
川の水は水位が上がり流れも速い。湿度が高くて毛皮が乾かない。
作業に時間がかかるのに、聖は忙しかった。
加奈がブログやらツイッターで、心霊剥製士と宣伝した結果だ。
小型犬とかハムスターの依頼が急に増えていた。
それで、朝早くに電話で依頼があったが断った、つもりだった。
ところが、どう話を取り違えたか、電話の主が、夜に来た。
大きな猫の死骸を携えて。
午後九時。土砂降りだった。
客は二人連れ。
明るい茶髪のショートカットで背の高い派手な感じのオバサンと、若い男だ。
オバサンは訪問の初めから怒っていた。
「ナビ見てきたのに、迷ったで。看板が無かったら永遠に辿りつけんかった。兄ちゃん、看板出すんやったら、バス停にも出しとかなアカンで」
オバサンが抱えてる猫は白くて大きい。
オバサンの指に光るトパーズの指輪も大きかった。
従えている若い男は、一目見て堅気では無い。
白っぽいスーツで金髪の派手な顔立ち。
体つきと、顔が尋常ではなかった。
綺麗すぎる。
こんなに肌の綺麗な男を見たことは無い。
形の良い鼻と横に長い大きすぎる目は瞬きせずにまっすぐに聖を見ている。
背はそう高くない。が、長い首と手足、引き締まった身体をしている。
口元に笑みを浮かべて優しそうなのが、外見の派手さとそぐわなくてかえって怖い。
その綺麗な男は、銀色の傘を差しているオバサンの斜め後ろに、ずぶ濡れで立っていた。
なぜだか、シロが男に向かって、やたら吠えた。
今にも跳びかかりそうな、敵意を超えた殺意さえ感じた。
こんなシロを見るのは初めてだ。
襲われそうなのに、金髪の男は口笛を吹いて、友好的な態度。
しかし話も出来ないので、シロを作業室に閉じ込めた。
招かざる客だが外は土砂降り。中に入って貰うしかない。
オバサンと一緒に、ムスクの香りが入ってきた。
明かりの下で見ると,オバサンは五十前後。
だみ声に似合わない、背が高くて整った顔立ちの人だ。
薄紫のパンツスーツのズボンの裾は泥で汚れていた。
黒いパンプスも同様にべちゃべちゃ泥や葉っぱがくっついている。
まず、ナビがわかりにくいのは、自分のせいではないけど、謝った。
でもね、諦めずに辿り着いたのが凄い。
県道に車を置いて、この雨のなか真っ暗な山道を降りてきたんですね、
と思うままに言う。
オバサンはカカカと笑った。
「ウチはな、並の根性と違うねん。いやなあ、何としてでも剥製屋に、この猫届けなアカンと山道ウロウロしたんや。持って帰るの嫌やからな」
猫はヒマラヤンだった。
寿命以上に生きて、大切にされた猫だ。
「アンタ、申し訳ないねんけど、これはヤーサンの猫やねん。訳あってこれを可愛らしい剥製にすると、うちが請け負ってしまったんや。……そうや、この猫の持ち主は極道や。ああ、でもウチは組とは関係ないから心配しなや。ウチ何軒もビル持ってる、ただの不動産屋や」
くれた名刺には「山田工務店代表取締役 山田鈴子」とあった。
聖は戸惑っては居たが、頭の中では作業のシュミレーションが始まっていた。
無意識に猫に手が伸び、自分の胸に抱いていた。
「うわ、冷たい」
「剥製やなんか初めてやからな。ほんでもう二度と無いわ。若頭も値段の見当は付かんわ。仕上がりがな、今より綺麗やったらええねん。剥製って知らんかったけど、ええやんか、って若頭に思ってもらえたら、ウチとしてはええんや」
真白の毛だ、これなら、漂白したり銀粉を振ったり、凄く綺麗に出来る。
イメージした完成像にややうっとりして言った。
しかし材料費がかかると、もちろん伝えた。
「凄く綺麗にできるんや、な。そうや、それがウチの願ってもない事や。中途半端はいらんねん。若頭はコレを溺愛してたんや。スタジオで撮らせた写真が玄関に飾ってる。死んだのが受け入れられん程の愛情や。二週間前にしんだんやで。暫く抱いて一緒に寝て、においだしたから業務用の冷凍庫買って入れといたらしいわ。永遠に入れとくつもりでな。でも寒そうで可哀想や、言いはってな」
聖は冷凍室の中で風貌が変わっていく猫が痛々しいと感じる、その感覚に同調した。
そして猫一匹のために冷凍庫を買ってしまう感性が、ヤクザでもなんでも身近に感じた。
つまり殆ど仕事は始まってしまったのだ。
しかし、状況から半端な細工では済まない。芸術品レベルの仕事を求められてると受け取った.
「そうなんや、ちゃちな情けない姿になったらずっと冷凍しとけば良かったとおもいはるやろ」
最初はギョッとした来客だが、一生懸命になっている、目的には合点がいく。
「調べたらこの猫は七十万や。生きて七十万、その死んだのを生きてるようにして貰うんやから、倍出すわ。それで何とか、ならんか」
聖は、その金額なら充分綺麗に出来ると頭の中で計算した。
自分の利益は考えていない。
提示された金を使い切って、極上の美しいヒマラヤンを作りたいと思ったのだ。
「やってくれるんやな。あんた、綺麗な兄ちゃんやのに、こんな山奥で、動物ほぐしてっるってたいしたもんやな、頼むで」
鈴子は、札束の入った銀行の封筒を聖に握らせた。
一言も喋らなかった金髪の若い男が初めてにやりと笑って
「よかったですね」
と、顔に似合わない聞き苦しい声で言い、子供のような目で名残惜しそうに剥製達を眺めていた。
聖は、貰った金を材料費に使い切っった。
白い美しい毛に銀やパールを施し、まばゆいばかりの剥製を作った。
それは風変わりだが楽しい仕事だった。
山田鈴子に完成のメールを送った。
宅急便で送れば終わると簡単に考えていた。
「アンタ、持ってきてえや。若頭がな、剥製屋には今までおうた事無いから会いたい、言わはるんや」
聖は断る言葉を思いつけなかった。
街へ行くのは嫌だ。
人混みは見たくないモノをみてしまうから怖い。
でも商売だから仕方が無い。
結局、鈴子の会社に車で行った。
十数階建ての、高いビルに挟まれた古い五階建てのビルだった。
短すぎるスカートの、若い綺麗な受付嬢が四階の応接室に案内してくれた。
「社長からお聞きしています。今出先からこっちへ向かってるんで、暫くお待ちください」
おしぼりを手渡してくれ、アイスコーヒーを持ってきてくれた。
立派だがビジネス向きでない応接室だ。
真っ赤な絨毯に大理石の低いテーブル。
本革ばりのゆったりしたソファ。大型のテレビ。
飾り棚にはアルコールとグラス。
鷹の剥製が似合う部屋なのに無いのは残念だ。
依頼主の<若頭>の手に人殺しを見る予感がする。
それが嫌だが仕事だからしかたない。
「にいちゃん、えらい待たせてごめんやで」
鈴子が、ノックもせずに、大きな声で喋りながら入ってきた。
そして小柄な男を聖の前に座らせた。
一番に、手を見た。
何も変わったところが無い。ヤクザの若頭だけど人殺しでは無い。
安心してやっと顔に視線を移せば、……、かなり男前の顔があった。
若頭は、殆ど泣きそうな顔で低いテーブルの上の猫を見ている。
部屋の中には鈴子と、前にも見た若い男、アイスコーヒ三つ乗せた盆を持った受付嬢が、立ったまま、何かを待っていた。
若頭の第一声を緊張して待ってるのだ。
聖だって、丹精込めて作った作品に依頼主がなんというか気になる。
感無量になっているのは見て取れたが。
厳かで静かな時が流れた。
若頭は、やっと声を出した。
「タマやんか、ほんまにタマや。えらい別嬪になって帰ってきたんや」
ケースの中からタマを出した。抱いて撫で、臭いをかいで、徐々に笑顔になっていった。
「白木はん、気にいってくださいましたか」
鈴子も嬉しそうだ。
「にいちゃん、おおきに。ところで、手、どうしたんや? タマの為に怪我さしたんか?」
白木は、ついでのように言う。
聖の左手の
白い手袋が、気になったらしい。
「違います。こっちだけ、アトピーで薬塗ってるんです」
と考えていた言い訳を答える。
「アトピーか。あれも厄介らしいなあ。ええ皮膚科知ってるから、紹介するで。いつでも連絡しいや」
猫撫で声で言うと、ドアの方を見やった。
もう、用事は済んだ、この部屋から出て行けという合図のようだ。
切れ長の大きな目は冷たく澄んでいて、瞬きもせず視線はドアで止まってる。
「ありがとうございました」
聖は立ち上がりながら一礼して、応接室から退出した。
「とっとと奈良に帰ろう」
廊下で一人つぶやき深呼吸して、やっと肩の辺りの緊張が緩んだ。
でも、鈴子に呼び止められた。
「剥製屋のにいちゃん、昼ご飯をな、下に用意してるから食べていってや」
と。
確かに十二時過ぎてる。緊張して空腹感はない。
しかし辞退するのは失礼であろう昼食が、一階の応接室で待っていた。
先ほどまで居た四階の応接室とは趣の違う、ごく普通のビジネス用のシンプルな部屋。
天ぷら、刺身にすき焼き鍋、料理旅館の夕食レベルの一人前の昼食。
思ってもない気遣いだから、有り難くいただくのが常識かな、とさっと頭を巡らせた。
受付嬢はワインかビールはどうですかと聞いてくる。車だからと惜しいけどアルコールは辞退した。
久しぶりに街に出るのは腰が引けたが、予算が充分で納得のいく作品が作れたし、そう悪くも無かった。
怖い人が依頼人だったから利益を取らなかったのは自分の判断だ。
客には泣くほど喜んでもらえ、こうやって贅沢なランチにありつけたんだから、得した気分になってきた。
空腹で無かった筈が箸をつければ、里芋と桜の花びらの形の何かが、見た目の美しさ以上に旨い。
エビとオオバコとししとうの天ぷらも、また旨い。天つゆも旨いが塩だけでも旨い。
これは三千円台じゃない、五千円は最低する、刺身のマグロが中トロ以上なのを確認して、査定していた。
食べ終われば去ればいいだけ、の安心感も手伝って、聖はゆっくりと食事の全てを平らげた。
受付嬢が、お茶を満たすだけに、二度、静かに入ってきた。
そして食べ終わった頃に、コーヒーを持ってきてくれた。
まるで隠しカメラでもあるような絶妙なタイミングだなと、その時になって、暫く忘れていた警戒心が戻ってきた。
コーヒーを飲み終えた丁度の時に、静かなノックの後に鈴子が入ってくる。
「兄ちゃん、ほんまにお疲れさんやったなあ」
とドアを開けて満面の笑みで立ってる。
が、そろそろ帰れという意図はわかりやすかった。
それは不快ではなかった。
豪華な食事を用意してくれ、食べ終わったら帰ればいいのだ。何の文句は無い。
いやむしろ、聖は鈴子の手の中で転がされている感じに、案外楽しさを感じてしまったのかもしれない。
ヤクザではなさそうだがヤクザと付き合って商いをしている鈴子。
自分には到底想像の付かない世界だけに、普通の人では無い、肝の据わった人種だと、畏怖と若干の尊敬を感じてしまった。
そんな幼稚な感傷も一期一会の関係、二度と会うこともない安心感が前提だったからだ。
聖は山田工務店のビルを出たら、山田鈴子と縁がきれると信じていた。
眩しいほど外は明るく、開放感に包まれた。
……だが聖は次の瞬間、目にはいったモノに、身体が縮み上がった。
ビルの正面に止めてある黒いベンツ、その前に立っている男の顔がこわい。
口元は歯が見えるほど笑っているが、目は尋常では無く見開いている。小さい黒目の周りに白目が見えている。その視線の先には誰もいない。
反射的に視線を下げて手を見た。
覚悟はしていたが……手に、徴を見た。
左手が、女の手だ。
関わり合いになりたくない。
目を伏せ、一刻も早く立ち去ろうとした。
その時、どやどやと階段を降りてくる気配を背中で感じた。同時に気味の悪い男は後部座席のドアを開ける。
猫を抱いた白木がベンツに乗り込んだ。続いて白いスーツで金髪の男も乗り込んだ。
一緒に出てきた鈴子が深いお辞儀をする。
聖はまだ、何故か鈴子と並ぶ位置に止まっていた。
猫が、剥製の白い猫が、自分を見たからだ。
人間なら八十を過ぎた老婆であったのが、艶っぽい若い雌猫のような目つきで聖を見つめて、しなを作ってるように見えた。
怖い顔の男、運転手は浮かれて踊ってるような動作で運転席に乗り込んだ。
そして静かにベンツは行ってしまった。
背後から
「あー、あ」
と、悲しげなため息が聞こえた。
不自然に制止していたのをごまかすように聖は靴紐を結び直した。
「どうもありがとうございました」
早口で鈴子に礼を言い、今度こそさっさと、近くのコインパーキングへと歩き出した。
ところが、
「にいちゃん、ちょっと待ちいや」
鈴子の声が追いかけてくる。
歩調を合わせてついてきている。
忘れ物でもしたかと足を止めた。
鈴子は、あんな、と言いかけて口ごもった。言葉を捜してるようだった。
「あんな、違ってたらごめんやで。おかしなこと言うようやけど、アンタも、さっき、なんか見えたんちゃうんか?」
予想もしない問いかけだった。
「はあ?」とか返すのが普通の流れだろうが、聖は素直に
「運転手さんですか?」
と口から出てしまった。
鈴子は大きく頷いて身体を震わせた。
聖は唖然として頭が真っ白になった。
自分の他に<人殺しの手>が見える人間が居るなどと、考えもしなかった。
だが、鈴子が見たのは手ではなさそうだった。
「そうやんか、運転手に憑いてたわ。やっぱりアンタも死に神が見えるンやな」
死に神? と心の中で反復した。
それなんですか、とは聞けない。
自分が手の話を誰かにしてしまって、それなに? と聞かれたら恥ずかしい。
話したのを後悔するだろう。
同類だと見込んで話してくれたのは明らかだ。嘘は言えない。
「すみません。僕のは、ちょっと違うんです。僕は人殺しは見ればわかるんです。あの人、運転手さんは、過去に人を殺しています」
鈴子は「へえ」と短く叫んで聖の肩をパンと叩いた。
唇をかみしめて暫く沈黙した後で、それまでのだみ声とは違う澄んだ声で
「いわくのある男やとは聞いてたんや。若頭の下っ端が賭博のかたに無給で運転手させてるんやけどな。なんや薄気味悪かってん。ウチはな、あの男の後ろに黒い影が見えたんや。いやなことやけど、アレが見えると……死んでしまうんや」
悲しみと恐怖と諦めの混じった感情が、ひしひしと伝わってきた。
聖は返事に困り、謝っているように頭を下げた。
その垂れた頭を鈴子がばっしと叩いた。
「あんた、過去が見えるンやな。それも厄介やけど、まだましやと思いや。
うちみたいに先が見えるのは、かなわんで。
見えても何にもでけへんからな。な、アンタは、まだましなんやで」
鈴子の言葉は聖の一番深いところまで突き刺さった。不覚にも、なんでだか泣きそうになった。
「確かに、そうですね」
ようやく見つかった答えを鈴子は待ってはいなかった。
すでに聖の側から消えていた。
人殺しの過去がわかるより、未来が分かる方が厄介、なんだろうなあ。
それにしてもあの女社長が幻覚を見てるのではないとしたら、あの人は近々死んでしまうのか。
縁もゆかりも無い、たまたま見た人でも嫌な感じだ。
鈴子は身近な人の後ろにも死に神を見てしまったこともあったのだろうか。
それはどれほど辛い苦しいことだろうか。それでも自分のように人里から隠れてはいないのだ。
凄い、強いひとなんだと聖は感心した。
聖は鈴子の言葉を深く頭に刻んだが、運転手の事は忘れていた。
死神に取り憑かれていると聞いて、瞬間に顔色の悪さから病死を連想した。
病気なら仕方ない。それに、人殺しだ。同情心も薄れ、忘れた。
翌朝のテレビで、トラックと正面衝突したベンツの映像を見た。
一人死亡、一人軽傷とテロップが出ている。
まさか?
と昨日のベンツを思い出した。
そうしたら携帯に着信。鈴子だった。
「にいちゃん、驚きなや、白木はん交通事故におうたんや、なあ、あの運転手や、えらいこっちゃけど、あんたのおかげで助かったようなもんや」
興奮してる。
事故に合ったのが昨日のベンツ、白木だというのは分かったが、後半の意味がわからない。
「白木はんが、奇跡的に助かったんは、猫のおかげや」
白木は猫を抱いて後部座席に座っていた。
やくざだから、シートベルトなんかしていなかったらしい。
にも関わらず大きなダメージを受けなかったのは、猫がクッションになったからだという。
聖は不謹慎にも、丹精込めた自分の作品が潰れてしまったのが悲しかった。
もう原型をとどめていないのだろうか。
とても綺麗な猫だったのに。
「いやな、わざわざ電話したのは兄ちゃんに用事があるからやねん。白木はん、自分を守って半崩れの猫が不憫で、できたら綺麗にして欲しいって搬送された病院から電話かけてきたんや。そんでな、さっき猫取りに行って、兄ちゃんとこに、送ったんや。宅急便や。明日にでも届くから頼むで」
あの猫を綺麗にしてやりたいから好都合だった。
「にいちゃん、これはええ話やで。白木はんは猫のおかげで命拾いしたと思ってるねん、ウチがな、とれるだけ取ったるから、金に糸目はつけんと、ええ仕事してや」
しかし、送られてきた猫の残骸を見て、復元は無理だと諦めた。
痛みが酷すぎる。
ものすごい摩擦で肝心の白い毛並みが途切れ、潰れてしまっているのだ。
ポリエステルの似た毛を足せば良いのだが、その割合が多すぎると、もはや剥製ではない。ただのぬいぐるみだ。
聖はありのままを鈴子に電話で伝えた。
「しゃあないな」
案外あっさり、言ってくれた。
数日経って、また鈴子から電話があった。
「白木はんがな、兄ちゃんに礼を言ってくれって。いやな、にいちゃんは霊感剥製屋やって、誰かから聞いたらしいねん。それでな、兄ちゃんが作ったタマやから自分の命を助けてくれたと、こう思ってるんや。直されへんくらい痛んだのもな、タマは自分を助ける為だけに、死んだのに1回戻ってきてくれたんや、って泣いてたよ」
「へーっ、そうなんですか」
電話を切った後、聖は妙な気分に襲われた。
極道の若頭が、そんな解釈をするのが不思議だった。
自分がいつのまにか霊感剥製屋になってるのも居心地がわるい。
猫の剥製に人間一人助ける力があるはずがない。
偶然、クッションになるものを抱えていて助かっただけなのに、と思う。
ぼんやりしていたから、シロがかまって欲しくて飛びついているのに、されるがままになっていた。
強く前足で胸を就かれて体勢をくずし、机の角で肘をおもいっきり打った。
「痛い、こら、何するんだよ」
叱るけど、シロはかまってもらったのが嬉しくてしっぽを振っている。
聖は、犬でも猫でも狸でも、しっぽが好きだった。
剥製を作る時も、実はしっぽに一番こだわっている。
人間には無いパーツだから、神秘的で愛らしく思える。
そして、しっぽが無い身体だからしっぽのある生き物の全てをわかる訳がないと思っている。
だから、タマのことも、本当のところは自分にはわからないと……結局思った。
あの猫が、飼い主の白木を助ける力が無いとは言い切れない。
でも、自分に誰かを助ける力はないのは確かだ。
ただ見えるだけ。役にたたない。
左手に母の手を見るのも、剥製達の気配を感じるのも、幽霊らしきモノがみえるのも、
実は幻覚では無いかと、頭の隅では疑っている。
精神の病気が見せる幻覚、その方が現実的だと思っている。
けど、わからない。
自分でも、まだ、何も分かっていなかった。
最後まで読んで
頂きありがとうございました。
仙堂ルリコ