雪
「さぁ!…両者コロシアムに入場です!どんな闘いが始まるのでしょうか…!」
カイルはあのあと近くにいたスタッフに誘導され既にコロシアムに入らんとしていた。
(一体…フォーマルハウトって人は何を考えて、師匠の差し金なのか…?)
暗がりの舞台裏で、カイルの立っている床が上昇する。上の方が明るくなり、コロシアムの中が見えてくる。なんの変鉄もないコロシアムだ。でも観客はいない、どこからかあの会場に中継されているのだ。そしてカイルの目前にはフォーマルハウトが立ち、こちらを見ている。
水色と藍色で彩られたドレスは臍の辺りの腹部が露出、そして左足にスリットでスタイルの良い彼女を刺激的に演出する。
お互い声は届く位置、只々向かい合う。
「カイル君、あなたは何をここにしに来たのかは理解が追い付いてはいないと思うけどすぐにわかるわ。ここに呼ばれた意味…」
重い口を開いたのはフォーマルハウトの方で、
カイルはまだ彼女が水の魔女という事に驚きを隠せないでいた。
シャウラ、カペラと今まで二人の国を支配するクラスの魔女と会って来たが、二人とはまるで違う雰囲気がフォーマルハウトにはあった。
殺気である。殺気がにじみ出る事なら、猛者にはあり得ない事ではない。しかし、フォーマルハウトは存在その物が殺気のような、又は殺気にとりつかれているような印象をカイルに与えた。
「ん…?声なら外には届かないわよ?私達の会話は聞こえない。その分お客様は早く闘いを始めて欲しいと思っているでしょうけど。」
フォーマルハウトは淡々としている。
言葉を捨てるように喋るのである。クール、と呼ぶにはまた違う。
「俺は一体何をすればいいんでしょうか…?」
「【龍】を見せて頂戴…。【竜】なのかどちらかなのかは知らないけれど、とにかく見せて欲しいのよ、わかるでしょ?」
カイルは驚く、フォーマルハウトの答えに。
「いや、それって…しかも俺は師匠に止められてますし…。」
「カペラの許可はとってあるわ。途中経過を見るという意味でも良い経験になる、ってね。」
そういうとフォーマルハウトは目を瞑る。
彼女は喋らなかった。しかしカイルは、フォーマルハウトが何か言ったように聞こえた。
【海王竜】…!
フォーマルハウトの後ろから風が起こる。
蒼い光で目が眩む…。
少し経つと、何かがカイルの嗅覚を通った。
海の香りである。
そして眼前にあったのは、青い竜の身体に巻きつかれたフォーマルハウトだった。
右手には水が、焔のように揺らぐ。
そして、フォーマルハウトの竜は口を開く。
『ハウト、今度はこいつを殺せばいいのか…?魔力を溜め込んでて良く肥えているな…しかし、男は肉が固い、この私の餌にはならんぞ…。』
「リヴァイアサン、今日は殺しじゃないわ、この子の龍を見るのよ、お客様を喜ばせながら。」
『ハッハッ…!お前が剣闘士の真似事とは!世も末なのではないか!?』
フォーマルハウトは竜に冷たく言った。
「黙りなさい、この子はカペラの大事な子なの。
傷つけるとしても一撃、それも手加減しなさい。」
そしてカイルに向き直る。
フォーマルハウトの目は、カイルの魔法に期待を抱いていた。
(…俺があれを使えるのはおおよそ十分、見せるって言ってるけど、闘い意外でそういうのはできないのか…?でも…使うしかない…筈だ!)
カイルは【嵐龍】を発動する。
周囲の風がカイルに集まり纏わる。
カイルは嵐となった。
『ふぅむこの魔力だと、龍だな。しかし竜の雰囲気もある、なかなか良い龍と契りを結んでいる。しかしハウト、あやつは龍を出さんぞ。』
「仮契約なのでしょう、カペラがリミッターを掛けているのね。さすがにあのキャリアで本契約はリスクが高すぎるわ。」
竜とハウトは会話を続ける。
『ほう!…あの星の使い手が!よもやあの殺しの傀儡のような小娘が気配りとは!ハハッ…ヒトは変わるのぉ…!』
「そろそろ静かになさい、彼が待ちぼうけよ。」
フォーマルハウトが歩み寄る。
より一層の殺気が竜とフォーマルハウトから溢れる。それは今にもカイルの心を潰しそうだった。
「おぉぉぉぉおぉ!」
カイルはフォーマルハウトがこちらに近寄る前に跳んでいた。嵐龍の風で空高く上がり、周りから風を集め、鎚とする。
海と嵐は互いに人を傷つける、昔から。




