私の好きな人を紹介します。
とりあえず、3話で完結します。
私は溝内優香という女の子が好きだ。どれくらい好きかと聞かれたら、めちゃくちゃ好きだ。優香と仲良くなったきっかけはあいつだけど、今はあいつの事なんて全然気にならないくらいに優香が好きだ。
目の前にはパックの牛乳を飲んでいる優香。彼女の元気さを更に強調するポニーテールを揺らしながら牛乳をごきゅごきゅ飲んでいる。座って飲んでも立って飲んでも必ず腰に手を当てるのは、「牛乳を飲むときのきまりだからね!」だそうだ。彼女はバカだ。
「優香はいつも牛乳飲んでるね」
「成長期だからね!」
口の周りに白いひげを残し良い笑顔で答えてくれた優香。身長は145センチで中学二年からずっと止まっているらしい。そろそろ諦めても良い頃なのになあ。
優香は強気だ。どんな相手にも果敢に向かっていく。
「ちょっと!瑠衣のこといやらしい目で見ないでよ!」
只今移動教室中。すれ違った三年生の先輩男子にタメ口で強気に言いがかりを付ける優香。瑠衣とは私の事だけど、そんなにいやらしい目で見られた自覚はない。
「み、見てねえよ!何だよ変な言いがかり付けるなよ!」
あ、先輩男子は噛んだあたり本当にいやらしい目で見ていたんだな。私は可愛いからまあ仕方がない。
「嘘!鼻の下が伸びてた!いやらしい!これだから男ってやつは」
下から物凄い顔で睨み上げる優香、145センチに対し、たじたじの推定170センチ先輩男子。本気でケンカになったら優香はまず負けるだろう。なんせリーチが足りない。
「くそっ、何なんだよ!」
ポケットに手を突っ込み去っていく先輩男子。さすが優香。小さいのにどこまでも強気だ。
「ありがとうね、優香」
「ううん、瑠衣もちゃんと気を付けなきゃだめだよ!」
私は優香の小さいのに強気なところが好きだ。
だけど、優香。
「何見てんのよ!やんのか!」
通学路にある家の大きな犬にケンカ売るのはどうかと思うんだ、私。
「グルルルルル」
歯を剥き出しにして威嚇する巨大な犬に自慢げに指をさす優香。
「ふふん、今日は門が閉まってるから怖くないし。文句あんの?」
門が開いているときには決して犬にケンカを売らない。そんな優香が好きだけど。
優香は元気だ。いつも、常に、無駄に元気だ。夏を目の前にした季節。梅雨のジメジメした空気に皆がやる気を削がれている中、優香だけはいつものテンションだ。
「体育だ!瑠衣、早く行こう!」
この湿気の中で運動する気が知れない。まあ、今からするんだけど。優香なんて自ら率先してやろうとしている。
「優香はこの湿気、気にならないの?」
堪らずに聞いてみるとキョトン顔の優香が答えてくれた。
「嫌だけど、仕方ないじゃん」
たまに、この子は普通とは違う考え方をするんだ。私を驚かせてくれるんだ。そんなところも好きだ。
「だから早く行こう!汗かいたら気持ちいいよ!」
だけど優香、たまに、たまにね。その元気さがイラッとくる時があるんだ。特に今とか。私は汗をかきたくないのに。十分汗かいてるって。優香が好きなのは嘘じゃないよ、だけど、たまに、ね。
優香とは中学校三年生からの付き合いだ。あいつが優香を見ていると気付いたのが中二の冬。どんな子なのか気になって、同じクラスになったのをきっかけに友達になった。優香は面白いほど、私を大事にしてくれる。彼女自身が男嫌いなせいか、私に想いを告げようとする男の子がいれば必ず現場まで付いて来てくれる。なんでも、「瑠衣は超絶美人だから危険!」だそうで。私も自分の身は自分で守れると思うけど、そんな優香が好きだから止めないでいる。
「舞原さん、ちょっといいかな」
だから、こんなケースは初めてだ。優香は先生に呼び出されていていない。私は優香と一緒に帰る為に教室で一人待っているところだった。最初は断ろうと思った。優香がいなかったから。だけど私の中の悪魔が囁く。
自分がいない時に私が男の子と二人きりだったと知ったら、優香はどんな反応をするんだろう。
気付けば私は了承の意を伝えた後だった。名前も知らない彼に誘導されながら廊下を歩く。その内にワクワクしてきた。教室に戻った優香はどうするだろう。鞄を持ってきたから先に帰ったと思うかもしれない。いや、心配症の優香だから、知っている人みんなに電話をかけるかも。でもここから一番近い公衆電話は学校の外だしな。優香はどうするんだろう。
「好きです」
いつの間にか立ち止まっていたらしい。体育倉庫の裏まで連れてこられていたんだ。これは優香も見つけられまい。この高校の告白スポットは中庭、裏庭、屋上、体育館の裏側だ。倉庫の裏までは探しに来ないだろうな。残念。
「ごめんなさい、今は誰とも付き合う気はないの」
いつも通りの答えを返し、さっさと帰ろうと背を向ける。優香はもう帰ったかな。今日は一人か。
歩き出した私に後ろから男がぶつかって来る。痛いし。なんかブツブツ言ってるし気持ち悪い。
「お前も俺をバカにしてるんだろ!?」
「は?」
何言ってるんだろうこいつ。冷めた目で告白してきた男を見る。バカにしてるって言うなら私は自分以外全員バカにしてるけど何か文句あるの?腕まわして抱きつかないでよ、本当に気持ち悪い。
腕を外そうともがいてみても以外に力が強くて外れない。あれ、これやばいんじゃないの。
「ちょっと、やめてくれる?」
「どいつもこいつも俺をバカにした目で見やがって……」
ブツブツ言ってないで話を聞けコノヤロウ。うわ、胸揉まれてるし。鳥肌ヤバい。いや、ちょっと、本気でヤバくない、これ?
「瑠衣に触るな!!」
優香の声と、同時に緩んだ拘束。急いで男から離れて状況を確認すると一瞬で理解できた。後ろから優香が男の急所を蹴りあげたんだ。股間を抑えて蹲る男に少しだけ憐れみを感じた。優香は手加減なんてしないだろうから。
「行こう、瑠衣」
優香が私の腕を引っ張って歩き出す。身体は小さいのに腕を引く力は意外に強かった。
学校から一番近い公園のベンチに私を座らせた優香は、途中で買った缶コーヒーまでくれた。隣に腰かけた優香に安心して、初めて自分の体が強張っていた事に気が付いた。足もがくがくしてる。
「落ち着いた?」
優香の問いかける声が思ったよりも優しくて驚嘆しながら、なんとか頷いた。優香も一つ頷いてミルクティーの缶を一気に煽った。それを見て、私も缶コーヒーに口を付ける。……苦い。
「……甘っ!」
飲み終えた優香が顔をしかめて声を上げる。そう言えば、いつも優香は牛乳かコーヒーを飲んでいたっけ。そうだ、いつもなら私がミルクティーだ。何で逆なんだろう。
疑問に思っていると優香が私に向き合った。随分険しい顔をしている。
「何で私を待ってなかったの?いつもいってるじゃんか。瑠衣は超絶美人だから危険だって!このバカ!」
優香にバカって言われた。衝撃を受けた私は何も言えず俯いた。ふと優香の足に目が行く。
膝、擦り剥いてる。よく見れば制服も所々汚れてる。手のひらはよく見えないけど、やっぱり擦り剥いてる。顔を上げて優香を見た。いつもきっちり纏まってるポニーテールも少し乱れてる。首筋には汗が流れてる。ああ、そうか。答えが分かった。
その答えにどうしようもなくなって私は優香を抱きしめた。こんなに小さいのに。
「ちょっと、瑠衣?どうした……って何笑ってるの!?」
こみ上げる笑いを抑えられない。優香の制服は少し湿っていて汗のにおいがした。
「ごめんね、優香」
自分がいない時に私が男の子と二人きりだったと知った優香の反応は、私の気持ちをさらに大きくするものだった。答えは“死に物狂いで探してくれる”だ。
どれだけ走ってくれたんだろう。どこで転んだんだろう。痛かっただろうに、しんどかっただろうに。優香は私を探し出して助けてくれた。何これ、ヒーローじゃん。
笑いが止まらない私の背中を、しょうがないな、なんて言いながら優しく擦ってくれる。やっぱり私、優香が好きだ。大好きだ。
だから、この笑いすぎて出た涙が止まったら。ハンカチを濡らしてこよう。きっと優香は、消毒する事も考えていなかっただろうから。




