クリスマスの夢もへったくれもない話。
ああぁぁ……どうしてこうなってしまったんだ……!!
俺は右手のチョキを睨みつける。それだけじゃ物足りなかったから左手で右手の人差し指と中指を力いっぱい逆の方向に曲げたが、ただ単に痛くてむなしくなるだけだった。
「じゃあ、頑張ってくださいね。サンタさん!」
二つ年下の後輩がからかうように手を振りながら去っていく。というか、お前の名前は三田だろ! お前がやるとこだろフツー!!
────そう、これは誰が《サンタさん》になるかをスタッフ全員で決めるじゃんけん。これに負けてしまえばクリスマスカラーに染まった遊園地で、二日間サンタさんになりきってエントランスで子どもたちにプレゼントを配りまくらなければならないという恐怖のじゃんけん。そのじゃんけんに三田君と一騎打ちになってしまい、そしてあっけなく負けた。
俺はとある遊園地で働くアルバイト。時給がそこそこ高いからという理由だけで冬休み限定で申し込んだのだ。遊園地でお金の話なんて夢もへったくれもないと自分でも思うが、大学アンド一人暮らしなんて学費やら生活費やらで色々と大変なのだ。夢なんて語ってる場合じゃないだろう。
お金のために今まで色々やってきた。受付もやったし迷子の親探しもやったし閉園後の掃除も大人しくやったさ。
そんなだから、俺は別に子どもが好きなわけじゃない。あくまで、明日の我が身のためだ。
だが、サンタさんは子どもの夢で生きているようなものだろう? そして子どもに夢を与えるどこまでもファンタジックな存在だろう? 夢の「ゆ」の字もない今の俺が、子どもに夢なんか与えられるか? 間違いなく答えはノーだ。
開園前の客のいない遊園地は閑散としていて、どこか寂しげなものがある。もうすぐこの場に立ってサンタさんにならなければいけないのかと思うと、クリスマス気分で浮かれてる奴らとは真逆にどんどん沈んでいく。
この時期のショッピングモールを少し歩けば見かける他のサンタも皆こんな気持ちだったのだろうか。顔に偽物の笑みを浮かべて、まるで道化師のよう────だなんて、いつから俺はこんなに冷めてひねくれてしまったのだろう。
「先輩、まだふてくされてるんですか?」
背後の声に振り返ると、私服から着替えを済ませた三田君が俺の元に近寄ってくるところだった。
「やっぱ、俺サンタとか無理だわ。お前代われ」
三田君の足が止まったところでそう言う。
「えー、じゃんけんに勝ったんだから嫌ですよ。先輩こそ、どうしてそんなに無理って言うんです? 理由でもあるんですか?」
「だって、サンタは子どもに夢を与えるのが仕事だろう。俺にはそんな事できないから」
三田君が不思議そうな顔で俺を見る……と、「なあんだ、それだけの理由ですか」となんとけらけら笑い出したのだ。
「んな難しい事考えなくったって、とりあえず来た小学生のお客さんに無心でプレゼントをひょいひょい渡せばいいだけの話ですよ。先輩」
満面の笑みで親指と人差し指で輪っかをつくる。
「お金のためです」
さすが、大学も同じ三田君。生活に必死な俺のことをよくわかっているじゃないか。でも……何かが違う。
「……なんか不満そうな顔してますね」
「本当に……本当にこれでいいんだろうか」
「何がです? 金のためだと割り切ればいいだけの話でしょ。先輩ならそれができるはずですよ」
「いや、違う。違うんだ。なんというか……上手く言えないけど」
「ひょっとして、子どもがかわいそう、とかですか?」
俺が思いつく限りの言葉の中ではそれが一番当たっているのかもしれない。それでは俺が言うのは違和感があるかもしれないが、子どもに対して少し失礼ではないかと。
「先輩、何を今更」
あざけるような感じではない、ただ単におかしいといったふうに三田君が笑う。彼がそんな態度をするのも当たり前だと思った。
「……でも、先輩は子ども好きなんですね」
へ?
「いや、そんなはずない。だって俺はあくまで────」
「そんなはずありますよ。ありありです。夢を与えてあげられないとか、そういう風に考えてる地点で超真面目な子ども好きだと僕は思います」
「真面目のとこは合ってるかもしれないけど、その後の部分はいらない!」
「ああ、そういえば、ちょっと前に迷子が来たときにも泣いてる子を必死であやしてましたね」
「だって、親がいないと不安だろうし。そんな状態の子どもを放ってはおけないだろ」
「ほら。だからやっぱり先輩には子ども好きなところがあるんですよ。きっと」
ふと気づいたように三田君は自分の腕時計を見る。それにつられて俺も見ようと思ったが、あいにく時計を持っていなかった。
「もうそろそろ開園時間ですね。僕持ち場につきますので。先輩もさっさと着替えた方がいいですよ」
走り去ろうとした三田君が足を止めて言った。
「夢とか考えなくてもですね。その辺のつけひげのサンタは皆子どもの笑顔が見たいと思ってやっているんです。先輩ならきっとできますよ」
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