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機械王国の騎士  作者: 皇みかん
1章 出会い
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1章3節 節介

 酒場で起きた乱闘騒ぎの顛末てんまつは、意外なものだった。

 





 細い身体をした若者が頑丈そうな四人の男をのした後。

 酒場の異様な沈黙を破るかのように、突然何かが落ちる音がした。

 全ての視線がそれに向かう。

 それは床をすべるように転がり……

「いてっ!」

 メオの足に当たって止まった。

 そしてそれが止まったのを見計らったかのように、誰かが若者の方へ踊り出た。

 その誰かはすばやく若者の手を取って、店の入り口へと飛び出す。

 若者が何かを言っているのが聴こえたが、よく聞き取れないまま、二人は外へと消えていった。

 この間、数秒程度。それはめまぐるしく速かった。

 メオは何とか見ることが出来たが、大半の人間には、何が起こったかよくわからなかったのではなかろうか。

 その人物がメオの横を通り過ぎる一瞬だけ、メオは顔を見た。

 一瞬だったが、可愛いと思った。思い出して、すぐに首をかしげる。

(女の子?)

 その人物は、若者の連れなんだろうか。何にしろ、速すぎてよく見えなかった。

(まぁいいか……)

 若者ともう一人の誰かが消えて、酒場は次第に賑わいを取り戻しつつあった。

 先程と違うのは、賑わいの中に食器を片付ける音と掃除をする店員の話し声がわずかに混じっていたことくらいで、伸びていた男達も運び出されたのか、もういない。

 まるで何事もなかったかのような雰囲気だった。

 最初から。

 いぶかしんだような顔がいくつかちらちらと見えたが、それは服装から見て、この土地の者でない旅人たち。

 そのとき、メオはその理由になんとなく察しがついた。そんなものだと言われてしまえばそれまでの、些末事なのかもしれない。

 居心地の悪さを急に感じて、一人で下を向き苦笑し、溜息をつく。

 そのとき、先程足にぶつかった物が見えた。

 あの脱走劇……と言うべきか分からないが、あれを見た衝撃のせいか、その物の存在をすっかり忘れていたようだった。

 他の客達も忘れたようで、メオのことなど目もくれていない。それに手を伸ばして拾ってみる。

 妙に重い、黒い筒。見覚えの多いそのつくり。

「……銃?」






 町から少しはなれた、小さな森の中。その中の小さな洞穴。

 風はなく、ぱちぱちという音だけが洞穴に小さく響く。

 そこに座り込んであまり大きくない焚き火にあたりつつ、やはり野宿は辛いということを思って、メオは街を出てきたことを少し後悔した。

 あの後、もう飲む気にも遊ぶ気にもなれなかったメオは、銃をしまい、置き去りにされた若者の荷物を持って酒場を出た。

 彼らを若者の銀髪を目印に探してみたが、当然の如く見つからなかった。

(何やってるんだか……)

 メオはその街に留まらず、夜になる前にそこを出た。

 宿に泊まるつもりであったが、やめてしまった。不審げな顔をしていた主人の顔を思い出して一人笑う。

 この荷物と、転がって来た銃。それらに、ちょっとした好奇心がある。

 だからここよりよっぽど安全であり暖かいはずの町を出て、こんなことをしているのだ。

 自分でも不思議に思いながらも、懐から先程拾った拳銃を取り出して眺めた。

 メオは銃の知識を故郷で覚えた。小さい時から銃をいじったり集めるのが好きで、故郷を離れて旅をしている今も、暇さえあれば銃の研究をしている。

 今、傍らにある愛銃はその研究の試作品だった。

 明かりが乏しいので充分には見えないが、片手に収まるほどの大きさと重さから、その拳銃の型はロムサリオだと分かった。口径は小さく、殺傷能力は大きくないが、片手で簡単に扱える銃だ。服の下にも忍ばせることができる。

(多分、ルーンデシア製だ)

 銃の銘が刻んである場所を指でなぞりながら、メオは嫌な予感に襲われた。

 ロムサリオ程度の銃であるならば、周辺諸国……特に隣国のこのマルクトに広がっていたとしてもおかしくはない。見たことはないが、恐らくカレイアにも売っているだろう。

 そのはずなのだが、それは妙に彼の胸を騒がせる答えであった。

 それから少し離れたところに置いた、あの若者の荷物に目をやった。

 本来ならば酒場に預けておけばいいのだが、恐らく彼らはもうあそこに戻らないと踏んで、持って来ていた。もしかしたら彼らに会えるのではないか、といった、ちょっとした好奇心があった。あの後彼らを捜してみたりもしたが結局見つからず。もしかしたら、と思って今、彼は街の外にいる。

 その『彼』の荷物。中は見ていないが、その軽さからほとんど何も入っていないように思えた。

 焚き火から少し離れたそれは、ゆらゆらと大きな影を地面に落としつつ、闇に溶けかけていた。

(ほーんと、何やってるんだか)

 メオは溜息をついて、今度は自分の手荷物から食糧の干し肉を取り出した。

 できれば軽く火にあぶって食べたいところだが、焚き火の火の小さきを見て諦める。

 干し肉のその硬さに嘆きつつ噛み千切っていると、不意に小さな音が洞穴内に響いた。

 岩場を踏みしめた音。足音。

 干し肉をくわえたまま、視線を洞穴の入り口にすえ、メオはゆっくりと傍に置いてある愛銃に手を伸ばした。

 もう一度、足音。今度ははっきりと入り口から聴こえた。黒い人影もうっすらと見える。

(物取りだったらやだなぁ)

 メオは愛銃をしっかりとつかみつつも、暢気に構えていた。

 更に足音。

 そこで、ようやっと小さな明かりがその人影を照らした。

「……あ」

 そこには、あの時まで見たことのなかったくすんだ水色の服に、草色の布を巻いている、銀髪の男が立っていた。

 たいまつの光の加減で赤がかってはいたが、酒場で見たあの若者に間違いはなさそうだった。

 顔の左半分は髪で隠れていた。残る右の方には、赤い瞳。

 じっと見てくるメオに不快を感じたのか、若者は眉をひそめた。

 そしてその場から立ち去ろうとまた入り口の方へ身体を向けた。

「あ、ちょ、ちょっと待って」

 それを慌ててメオは止めようと両手を上げて立ち上がった。片手に銃を持っていたのをに気付いてすぐに地面に置く。

 若者は怪訝な顔をして振り返った。

「あんた、セーナリオの宿屋の下の酒場にいただろ?」

 セーナリオとは、メオが夕方発った国境近くの街の名前だ。

 メオをじろりと見た後、若者は軽く頷く。

「俺もいたんだよ、そこにさ」

 今度は目を細める若者に、メオは座るように勧めるが、彼は表情を変えることなく、その場にとどまる。

 メオは若者の荷物を持ち主に渡しながら、話し始めた。

「はい。あんたの荷物。置き去りにされてたから、持ってきたんだ」

「……?」

 若者はますます怪訝な表情を深めつつも、中をゆっくりと確認し始めた。

 やはりあまり入ってはおらず、すぐに彼は頭を上げ、こう言った。

「何故お前が持っている」

 当然の問いではあった。メオは小さく笑って答える。

「あんたに会えそうな気がしてたからさ」

(勘だけどね……)

 軽く目を見開く若者を尻目に、メオは心の中でそう付け足した。

「そうか……礼は言っておこう」

 視線の中の疑いを消すことなく、若者は言った。その様子にメオは苦笑して軽く手を振った。

 それから、酒場での立ち回りの話をふったり、もう一人……若者を連れて行った人物(多分、女の子だ)のことをたずねたりしたが、若者はそれについて話すことが不快だったようで、答えることはなく、目つきの悪い目がますます悪くなった。

 そのうち不意に若者は立ち上がり、そのまま洞穴を出ようとした。

「あちょっとちょっと!これから何処に行くつもりだい?」

 後ろから声をかけられて、若者ははうざったそうに振り向く。

「外だ。うるさくてかなわん」

「外は寒いし、焚き火に当たっていけばいいのに」

 そう言って、メオは小さくなりかけていた焚き火に慌てて拾ってきた木の枝を放り込む。それを行いつつ、メオは付け足した。

「あとさ、俺は目的地を訊いているんだよ」

 若者は振り返ったまま動かなかった。

「……何故言う必要がある」

 ややトーンをさげた声で若者が尋ねた。

「同じだったらさ、一緒に行きたいなーって思ったんだけど。駄目かい」

 彼はメオとその周りのものを観察するかのようにじっと見つめる。

「この辺は俺の故郷が近くてさ、地理には詳しいんだ。よかったら案内もできるし。ここで会ったが何かの縁じゃないか」

 見つめる赤い瞳を正面から受け止めてにっこりと笑い、さらに若者に畳み掛けた。

 彼は答えずメオをもう一度一瞥した後、やっと口を開いた。

「……とりあえず、ルーンデシアに行こうとは思っている」

(お、当たった)

 指を鳴らしたい気持ちを押さえて、メオはまた若者に笑いかけた。

「そうなのか。実はさぁ、ルーンデシアは俺の故郷なんだよ。ま、事情があってそこまでは行けないんだけど、途中までならばっちり案内できるんだけど」

 それを聞いていたのか聞いていなかったのか。

 若者は洞穴の入り口の方へ行き、そこに座りこんだ。焚き火に当たるように再び勧めたが、これもまた拒否された。

「うるさいと言ったろう」

(そんなにうるさいかな)

 少し首を傾げつつ、ふと思い出したように若者に尋ねた。どうも最近、これを訊き忘れて会話をしてしまうようだ。

「そういや名前、何ていうんだ? 俺はメオ」

「……エラインだ」

「これも何かの縁だ、よろしく!」

 そうにこやかに笑って手を差し出したが、エラインと名乗った青年は無言で顔を背けた。





(それなりに、アタリはつけたけどさ)

 洞穴の入り口で座り込んで静かになったエラインを眺めつつ、メオは肩をすくめる。

 彼は、自分が起きている限り眠ることはないだろう。メオは不思議と彼ほど警戒する気にならなかった。ほんのさっき出会ったばかりの見ず知らずの人間なのにもかかわらず、だ。

 たぶん、とメオは思う。

 ……彼自身が、とても自分を警戒しているからだろう。そちらの方が、むしろ自然かもしれないなどと思いながら、彼は堅い干し肉を噛みちぎった。



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