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機械王国の騎士  作者: 皇みかん
1章 出会い
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1章1節 前兆(きざし)

『お前は、自分勝手だ』





 瞼の奥には、闇が広がっていた。

 その闇の中であの声がこだまする。

 あの時、あの場所で。あの人の口からつむがれた、その言葉。

 自分をただただその目で見つめて。嫌味でも侮辱でもなく。

 まっすぐと正直にのべられた、その一言。

「わかってるさ」

 目を開くことなく、彼はそれに答えた。

 やわらかい風が彼の髪と草を揺らし、それらは優しく彼の頬をなでる。

「分かってる」



 静かな森の中。

 聴こえるのは鳥と木の葉の声だけ。

 木漏れ日が生き物達をちらちらと照らし、風がころころ笑いながら彼らをやさしくなでていく。

 それに答えるように、木の葉が擦れ合う音がする。

 やがて、鳥の声が遠ざかっていき、風が去り、木の葉が口をつぐんだ。

「……でも、分かってくれるよな?」





『お前は、何も分かっちゃいないんだ』






 彼は瞼の闇を閉じた。














 彼は人の住む場所にたどり着くと、まず最初にすることは宿探し、そのあとは酒場探しである。

 どんな小さな集落でも、男達が酒盛りする場所はどこかにある。それが「酒場」と銘打っておらずとも。

 酒が飲みたいのも勿論そうなのだが、一番彼を酒場という場所に吸い寄せるものは、人だ。

 服や習慣、考えそして宗教が違っても、皆で集まって騒いでいる人々の顔は、何処で見ても変わらない。

 生活の苦しさをそのときだけ忘れ、今その瞬間を歌い、飲み、楽しむ。

 その雰囲気が、どうしようもなく心を引く。

 それは、長らく故郷から離れて湧き出る郷愁から出てくるものかもしれない。そう思うと、彼は自分の弱さを笑いたくなってしまう。

 今日もそんな様子で一人、騒がしい酒場の中にいた。

 にぎやかなその雰囲気を楽しみながら飲んでいる最中、隣にいた気のいい男と妙に意気投合して一緒に飲んでいた。

「そういやにぃちゃん、みねぇ服装だが旅の人かい?」

 彼の杯に景気よく酒を注ぎながら、その男は言った。

「うん、まぁね……っておっとっとっと。入れすぎだよ」

 酒……この町の特産らしいの麦酒の泡が、杯から溢れ出し、テーブルに白い塊を広げていた。

「おお、そうしみったれたこと言うなよ、若いの!」

 遠慮がちな彼に男は豪快に笑いとばす。その豪快さに彼も一緒に笑ってしまった。

 そして、男の杯にも酒を並々と注いで、自分のぶんはひとくちであおった。

 後ろで流れる音楽に口笛を鳴らして賞賛してから、自分の杯を見て男はまたにやりと笑った。

「うんうん!男気があるねぇ! にぃちゃん、見かけのわりにゃ分かってんじゃねぇか」

 そう男に言われて彼は苦笑した。

 年の割にはやや童顔で、金髪にちかい明るい茶髪と青い瞳がより、彼の言う「男気の足りぬ」人間に見えたろうし、自分ではそう思っている。目の前の男は皮肉で言ったわけではないだろうが、やはり苦笑いするしかない。

「んーじゃ、男な俺らにカンパイってことで!」

 二人で大声で祝杯の声を上げ、一通り男について語り合った。

 後ろで流れる音楽の曲目が変わったのが三度ほどの時間が過ぎて、男は再び彼に尋ねてきた。

「なぁ、にぃちゃん。名前はなんてぇんだ? 俺は、カドサだ」

 名乗られて、一瞬きょとんと阿呆面を見せた彼は次の瞬間肩を震わせて笑い出した。

「なんてこった! あんなに熱く語り合ったのに、俺たちはお互いの名前さえ知らなかったんだな」

 そういやそうだ、とカドサも大笑いした。

「俺はメオ。よろしくな、カドサのおっちゃん」

 そういうと、もう幾つ食べたか分からない煮豆を口に放り込み、メオは杯に残った麦酒を一気に飲み干した。

 カドサに教わったとおり、麦酒というものは喉で飲み干す瞬間がたまらない。メオはその感覚を大いに楽しんだ。

 メオの飲みっぷりにカドサも喜び、何度も祝杯をあげた。

 そのうち話は旅の話になった。

 カドサが話を聞かせてくれ、と頼んできたのである。

 どうやら彼は旅人が来るたびにひっつかまえて、ありとあらゆる旅の話をきいているらしい。

 勿論、メオはカドサが知らないことも知っていたが、カドサもまた同様であった。

 遠方のドーリア神聖王国のセパラたちのこと、歴史的名所、町が属する帝国内の反乱情勢や交易の話………

 互いに互いの話を話していくうち、戦争の話になった。そのなかでふと思い立ったようにカドサがこう言った。

「そういやにぃちゃんよ、おめーさんの故郷は何処だ? まさか」

「ん? ルーンデシアだよ」

 メオは続けようとしたが、カドサの酒の入ってほんのり赤くなった顔色がほんの少しだけ変化したのを見て、思わず言葉を止める。

 カドサは一瞬、何かがよぎったような顔をして、「そうか」と頷く。

 そして何も言わずに一気に酒をあおった。

 嫌な予感がした。

 酒と長話で火照っていた身体から、だんだん血の気が引いていくのがわかる。

 ルーンデシア。

 メオの母国である、機械王国と呼ばれるその国はその名の通り「機械」という技術を生み出した、現在名目上立憲君主制とされているが、事実上王制をひく王国だ。

 「機械」と呼ばれる技術を生み出しただけあって、その技術の発達状況は他国とはけた違いであり、それを利用した軍事力はドレスト大陸一、二を争うほどである。

 その技術が他国に漏洩することを怖れ、時の王は技術者の出国を硬く禁じていた。

 十年ほど前にそれは解禁され、現在は他国に徐々に技術が広がりつつある。

「……どうかしたのかい?」

 そう尋ねつつもメオの脳裏には戦争、という文字が浮かんでいた。戦いの話の最中のこの態度である。

 この大陸は戦争が絶えない。

 カレイア帝国やレパル朝の長きに渡る戦争、小国の小競り合いや民族紛争。

 短い旅の中で、何度も戦場を見た。

 それに、以前噂でルーンデシアの南、コピアニョン同盟連合の国々が怪しい動きをしているということを耳にはしていた。

 住む人間が多いだけ戦争も多い、と誰かが言っていたのを思い出して、メオは更に気分が悪くなった。

 カドサは知らない振りを決め込んだのか、何も答えなかった。なんでもないとだけ言ったが、その口調は乱暴で、先程からの友好的な態度すらも変わり、よそよそしいものとなった。

 メオから目を逸らし、横目でチラチラと見て妙に落ち着かない様子だった。

 何度尋ねてもとりつくしまもなく、メオはこれ以上訊いても無駄だと判断し、席を立った。

 懐から多めに金を出して店の人間に渡し、こう言った。

「おっちゃん、ありがとな。楽しかったぜ」

「あ……ああ」

 明るく笑うメオに戸惑ったふうに答えたのを見て、メオは苦笑した。

「礼におごっとくから。じゃあな」

 それだけ言うと、メオはさっさとその場を立ち去ろうとした。

 後ろから呼び止める声が聴こえたが、メオは無視して酒場を出る。

 いつもならそのまま遊びに行くのだが、彼はまっすぐにとってあった宿に戻った。

 酔いはすっかり醒めていた。

 簡素な宿の部屋に入り、就寝の時間になっても、メオの頭から未だ戦争という字が離れないでいた。

 ベットの中に入っても落ち着かず、起き上がって枕もとにおいておいたカップの水を一口飲んだ。

 夜の町はただただ静かだった。

 その静けさが、耳の奥から音を引き出し、頭から余計な考えを引き出す。

 熱心でやや偏りがちなエファロン教徒は機械をあまり好まず、それ故かの王国を嫌う傾向にある。

 もしかしたら先程の男はその一例だったかもしれない。むしろ、そちらのほうが可能性が高いではないか。

 そう考えたところで、一度浮かんだ文字を完全に消すことはできなかった。

 基本的には、彼は楽観的な人間である。

 しかし故郷にはメオのただ一人の肉親、母親がいる。そして、故郷に残してきた友人たち。もう会わなくなって大分経っている。一体、今どうしているのか。どうなっているのか。ひと月前に見た戦争の惨状が目に焼きついているせいかもしれない。今まであまり考えないようにしていたのに、急に妙に胸が騒いだ。酒が醒めたと思ったが、やはり、酔っているのかもしれない。

 ふと、窓の外を見る。

 この辺りには2階建てくらいの建物がほとんどで、3階建てのこの宿からは空がよく見えた。

 夜空には星はほとんどなく、赤い月がこうこうと光っていた。

 その赤さがいつもより、嫌に不気味に見えた。

(帰って、みようか。たとえ……)

 そう考えてメオは首を振った。もう一度カップを手にとり、水を飲む。

(……まだ決まった訳じゃない)

 何も知らない状態から、勝手に推測しているだけなのだ。

 彼は寝巻きの胸の辺りを強く握り締めた。

 もしかしたら、本当に先程の男がルーンデシア人が嫌いなだけかもしれない。

 気になったらもう止まらない。知らないなら、知ればいい。

 そうとなれば、情報を集めようと思い立つ。今までは極力避けてきた。聞けば聞くほど帰りたくなるからである。だがそればかりではいけない。帰りたいと思ったところで帰れないが、不安に駆られるのは気持ちいいものではない。

 まずはカレイアとルーンデシアの間にある、マルクトのルーンデシア側の国境辺りまで行って、「噂でない事実」を確かめる必要がある。

 予定とはかなり違う。むしろ逆戻りになるが、止むを得まいと思った。

 もし戦争が起きるわけでないならば、それでよし、また進めばいい。

 しかし、もし………

(やめたやめた!)

 メオは両手で顔をはたいて、考えるのを辞めた。

 今ルーンデシアから遠くはなれたこの場所でうじうじ不安がっていても仕方がない。

 とにかく、進むしかない。進まなければ何も分からない。

 そして、休まねば進めない。

 休むためには今考えるのはよすべきだ。

 そう思うことにして、彼は今度はブランデーを少し飲み、ベットにもぐりこんだ。

 無理矢理瞼を閉じ、ふとんをかぶる。





 ……瞼の闇が開いた。



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