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機械王国の騎士  作者: 皇みかん
序章
1/63

忌わしい瞳、冷たい朝日


 荒地。

 干からびた草木と、何の役にも立ちそうに無い岩だけがそこに存在していた。

 生物はわずか。昼も夜も、風だけが吹き、ただ静かに時がすぎていく場所。

 ある日、その静寂を破るような悲鳴が、荒地に響き渡った。

「やめて!やめてよ!!」

 子供の声だった。その子供は、背の高い老人に押さえつけられ、泣きながら必死に拒絶の声を上げている。

 その子供は、少年だった。

「じっとしていなさい」

 声をあげ、もがく少年を片手で押さえながら、老人はもう片方の手で短剣を抜いた。

 少年はその刃物が太陽の光に反射してぎらりと光ったのを見て、恐怖が高まり更に暴れた。

「イヤだ! どうして?! 僕、何も悪いことしてないよ!」

 頭を振ろうとした少年だったが、今度は老人に頭を押さえつけられた。

 自分の頭に張り付いた老人のしわだらけの手を外そうと、少年は両手でそれに立ち向かったが、敵わなかった。

「お前のその目は、いずれ世に不幸をもたらす」

 少年の左眼に刃をあてがいながら、老人は無感動にしわがれた声で言った。

 刃をあてがわれたその瞳は、色が無かった。

 彼は恐慌状態のまま暴れた。

 老人は、その皺と血管が見える細い腕で、がっしりと少年の頭をつかみ、彼の抵抗にも微動だにしない。無駄な抵抗であった。

「その前に、儂が潰してやるのだ」

「……ころさないで……!」

「殺しはしない」

 老人は小さな掛け声と共に少年の左眼を突き刺す。

 大きな大きな悲鳴が荒地に響き、風にのる。

「ああ、あ、ああああああ……」

 老人は短剣を少年の眼から引き抜き、彼を解放した。

 少年は、かすれたうめき声をあげながら崩れ落ちる。

 ポタリ、ポタリと血が荒地の地面に落ちた。

 眼が熱い。やけるように『熱い』。

 少年は潰された目の辺りを両手で覆う。ぬっとりとした感触と暖かさが手を襲い、彼は気を失いそうになった。

 そこに、潰されなかった瞳に老人以外の人影が映る。

 彼と同じぐらいの年頃の、子供。金色の髪のその子供は、老人の後ろで彼を見つめて口で笑みの形を作っていた。

「よく、気を失わなんだな……ルビニ」

 遠くの方で老人の声がした。




「何故、元に戻っている?」

 その翌日。

 老人に眼帯を外された少年の眼は、すっかり元通りになっていた。何処をどう見ても、傷一つ無かった。

 老人、そして彼も驚くしかなかった。潰されて、半分になったはずの視界。それが広くなっている。

「………」

 だが、少年は喜べなかった。

「化け物」

 金髪の子供がそうつぶやいた。少年には訳がわからない。ただ、幼い頭でも、これから起きそうな事はなんとなく分かっていた。

 そのことが少年に再び恐怖を抱かせていた。次第に震えが身体を支配していく。

 金髪の子供のことなど、頭に無かった。

「こいつは、化け物なんだ。殺しちゃえばいい」

「お前は黙っていろ、レイトル」

 クスクスと笑うその子供を老人は静かに黙らせた。

「殺してはならぬ」

 老人は苦悩した風に言った。言葉を発しつつ、そこには苦味があった。「本当は殺したい」とでも言うかのように。

「……潰しても元に戻るのなら……また潰すまで」

 そうつぶやいて、老人は再び短剣を取り出した。昨日と違い、刃は鈍く光っていた。

「いや、いやだ……やめて……!!」

 少年はへたり込んで、頭を抱えてかすれた声で請うように言ったが、それが聞き入れられることは無かった。


 悲鳴がまた、荒地に響き渡った。

 そして、次第に静寂がその地を包む。




 ……悪夢が、息を吹き返した。




 *



 ドレスト大陸の、遥か彼方。

 小さな部族の、小さな村の小さな建物の中。小さく、簡素な部屋。

 毎日、数え切れぬほどの生物が死んでゆく中で、一人の老人の生がそこで終わろうとしていた。

 その老人は横たわるベットの中で、大きく呼吸をした。そして、枕もとに立っていた少年に視線を向ける。

 立て付けの悪い窓が風でカタカタと鳴る。その部屋は、老人が感じているよりずっと寒かった。

「……っ」

 少年は顔をゆがめ、老人の死の影が色濃い顔を見つめた。

「……儂は、もうすぐ死ぬ」

 かすれて弱々しいその声に少年は何度も首を振った。

 目には、涙が今にも零れ落ちてしまいそうなほどあふれていた。少年はぎゅっと目を閉じ、大粒の涙を己の手の甲に落とした。

 少年は老人の皺だらけの少し暖かい手をとり、やがて小さくつぶやく。

「……死んじゃうの……リエル…?」

 老人は小さく頷いた。視線はもう少年にではなく、天井に向けられている。

「良いか……これからお前は一人になる……。儂、が……教えてきたことを忘れず……生きよ」

 荒い呼吸の中で老人は言った。少年はまた激しく首を振った。自然と、つかんだ手に力を込める。

「生きろって……! 僕―—どうしたらいいかわからない! 教えてよ、リエル!」

 少年の叫びを聞いて、老人は目を閉じ薄く笑った。

「お前のしたいように生きればよい…レイトル」

「!!」

 そう呼ばれて、少年は顔色を一変させた。涙で上気していた顔が一気に青白くなる。

 次の瞬間には老人の手を払いのけ、ベットから後ずさった。

「違うよ……! 僕、レイトルなんかじゃない!」

 少年が叫んでも、老人は動じることは無かった。ぜぇぜぇと呼吸をしながら、老人は静かに言い放つ。

「ならば―—お前は誰……だというのだ」

 少年は答えられなかった。口を真一文字に閉じ、俯く。老人はそれを、彼がそれを認めたものとみなして続ける。

「儂はあの目をつぶせな……あの目が、世に破戒の……日が……」

 老人の途切れ途切れの言葉を聞くことなく、少年は頭を抱えた。そして耳を塞いだ。

「……もはや、逃れられまいな……」

「……リエル?」

 少年がいぶかしんで顔を上げたとき、老人は大きく大きく息を吐いて、小さくつぶやいた。





「これは……永遠にまわるかたち……」







 翌朝、風が身に染み渡るほど冷たい、静かな朝。

 朝もやも晴れぬうちに、黒い葬送行進が黒い棺と赤い十字架を掲げ、小さな村の中に続いていた。

 それらが通りすぎていく家々の玄関先にも、死者を悼む赤い十字架が掲げられている。

 向かう先は、墓地。

 明らかにただ通りがかった旅人に対するそれではなく、黒い装束に身を包んだ者たちが数多くそれに参列した。

 顔は皆隠しているため、分からない。だが、すすり泣くような、呻くような、呟くような、ささやくような祈りの声が静かに続いている。それは重なり合い、言葉の意味をなしているか怪しいほどの音であったが、彼らにとっては死者を悼む音だった。

 その中に、老人を看取った少年らしき姿は無かった。村の誰かが彼を探そうとしたが、見つからなかった。

 少年は葬送行進から離れた、村の一番高い所……誰かの家の屋根に立っていた。

 上から見たその様子は、なんとも不気味で、恐ろしささえ感じる。少年は涙の後を残した顔でぶるっと震えた。

 ……もう一度、行進の中心にある黒い棺をじっと見つめる。

 棺で眠る老人に小さく別れの言葉をつぶやいて、屋根から軽々と飛び降りた。

 降り立った場所には、少年の身体より少し小さめの荷物。それを抱えて、村とは反対方向に歩き出す。

 あの家を貸してくれたおばさんが、老人の最期を看取ったあと少年に「ここに住めばいい」と言った。「大人になるまで面倒をみてやる」とまで言ってくれた。

 少年にとってその言葉ほどありがたいと思ったことは無かった。だが、今、少年はその彼女に黙って村を出ようとしている。

 この場所には、居られない。居たくない。

 本人にもよく分からない、そういった衝動が、今彼をあてもなき流浪の旅の道へと導いていった。


 ―—そう、終わらない旅への。



 昇り始めた冷たい朝日の光が、より空気を冷たく照らし、少年の影を伸ばしていた。

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