車酔いの少女3
俺は水野と付き合うことになった。
が、日常にたいした変化はない。彼女は公表を拒み、その理由が尤もであったため、俺も了承した。
俺と水野は毎日メールでやりとりをし、クラスでアイコンタクトを交わし、二週間に一度図書館デートをする間柄である。
その日も始発のバスに水野は乗っていた。
俺はそれを確認し、彼女がテニスのルールブックを読んでいるのを横目で見る。
確認していないのだが、彼女は俺が同じバスに乗っていることにいまだ気付いていない気がする。
いつもなら彼女は附属校前で降りるはずだった。
が、彼女は5つ前の公園前で降りた。
俺はとっさに反応できず、バスは再び動き出し・・・ほんのすこしの逡巡後、俺は次のバス停で降り、
逆走して水野を探した。
彼女は公園のベンチに横たわっていた。横にはミネラルウォーター。
「水野! どうした!?」
「う、うぅ・・・? なぜごごにぼりがわ(もりかわ)ぐんが・・・」
バス酔いか。そしてやはり俺に気付いていなかったのか。
今日はいつもよりひどいらしく、途中下車したようだ。
俺は、水野の額に手を当てる。
少し、熱い。
「熱があるぞ」
「ヴぅ。やばり・・・。だがら、だえぎれないぼどぎもちわるぃわけっすね・・・」
水野は横になったままバッグを漁り、解熱剤を取り出し、ミネラルウォーターで飲んだ。
「お前は薬を常備しているのか?」
「偏頭痛持ちだし、頭痛薬と胃薬は・・・」
ペットボトルを米神にあてながら、水野は言う。
「よし、復活した。もう歩ける。・・・心配させちゃったね、森川くん」
「たいした事がないなら気にしなくていい。復活が早くないか?」
「吐いたし。スッキリした」
「・・・・・・(吐いたのか)」
俺達はそのまま学校へ徒歩で向い、俺は遠慮する水野を説き伏せて保健室に同行した。
「車酔いで吐いたようです。少々微熱もあるようでした」
「そう。ご苦労様、森川君」
「いえ。このまま帰らせますか?」
「そうねぇ。また車酔いするのがオチだろうし・・・しばらく休ませて様子を見ましょうか」
水野もトンボ帰りでバスに乗りたくないらしく、しきりにコクコクとうなずいている。
「それじゃ、あとで様子を見にくるぞ」
「は?」
「あら? フフフ・・・?」
水野が妙な声を出し、保険医が意味深な声を漏らした。
二人の声を無視して朝練に向かう俺の背に二人の会話が聞こえる。
「お薬は? 飲んだの?」
「ハイ。飲みました」
「胃薬は? あなた市販の薬飲んで、直ぐに胃を悪くするんでしょ?」
「・・・飲みます」
「コレで最後じゃない。ちゃんと処方してもらいなさいよ」
「う、うぃ~」
朝練を終えて保健室に行くと、水野はベッドの中で本を読んでいた。
俺に気づいて本を布団に隠したがバレバレだぞ?
「だいぶ良くなったようだな」
「うん。解熱剤飲んだし。朝はご迷惑おかけしました。すいません」
「かまわない。・・・で、お前は早退するのか?」
「やー、授業でるよ?」
「ムリしないほうがいいと思うが・・・」
「1授業333円。1日2000円」
「?」
「現金還元されるわけでもないのに、ハードカバー1冊以上の授業料をムダにするのは勿体無い」
珍しい考え方だ。
「薬を飲んでいるのだから、眠くなるのではないか?」
「『3冊本が買える』って念じれば眠気は吹っ飛ぶから、ヘイキ」
そういって水野はノソリと起き上がった。
「頭痛は昨日、ネットしすぎたからだし。吐いたのは車酔いだから」
「だが、熱があったぞ?」
「森川くんしつこいね。自己暗示って知ってるでしょ? 思い込んだら試練の道なのよ」
意味がおかしいぞ、水野。
「水野さん、あなたは平気でもクラスメイトにうつるかもしれないでしょ? しばらく寝て、お昼頃には帰宅しなさい」
保険医も呆れたように水野に忠告する。
「授業が遅れるのがいやなら、あとで友達にきけばいいじゃない」
「そうだぞ、水野。なんなら俺が教えてやる」
「森川君は部活とか忙しそうだからいいよ」
彼氏である俺の申し出をアッサリと却下する水野は『仕方ないかぁ~』と布団にもぐりこんだ。
「そうそう。本読んでもいいから横になってなさい。それでも随分違うのよ?」
「はぁい」
水野は布団に隠していた本を取り出すとページを広げた。
ブックカバーに隠れたタイトルを見ることは出来ないので、俺は水野から本を取り上げた。
「初めてのバスケ 応用編・・・か」
「う」
ブックカバーをはずすと、図書館所有の印であるタグがない。ということは水野の私物である可能性が
高いな。
「初心者に応用編は難しすぎるのではないか?」
「ちゃんと初級用から読んだもん」
「読むだけでは分からないことも多い」
「森川くん、近頃の図書館ってすごいんだよ?」
ブックカバーを元通りにし、水野に返すと反抗的なセリフが戻ってきた。
「月×バスケのバックナンバー見たよ。森川くん、写真映り悪いね!」
「・・・・・」
「どこぞの部長がジャニーズか!ってくらいキラキラ映ってたけど。なんて名前だったかなぁ~?」
「・・・・・」
「本当に背景がキラキラしてた。エフェクト効果っていうんだよね、ああいうの。本人のリクエストかな?」
「・・・・・」
「それでね。そろそろバスケ部に入部しようかと思って!」
「・・・・・・ほう」
「あー、うんうん。森川君の言いたいことはわかるよ。十段階評価で3の私がバスケ部に入っても3日ももつわけが無いだろうなーとか思っているんでしょ?」
「ウチの運動部はハードだからな。水野には酷だとは思う」
「うん。私もムリだとおもう。握力もヒトケタだし」
「幼稚園児並みだな。ちなみに俺の握力は65だ」
「わー。今度リンゴ潰してみせてよ」
「断る」
「・・・。ま、バスケ部には入部するけど、ラケットを振らないでいい業種があるでしょ?」
「マネージャーか」
「そう! 今日のお昼休みに出す予定なんだ~」
「しかし、入部届けを出した当日に熱で休み、というのはイメージが悪いのではないか?」
「そーだよねぇ」
水野は本の間から入部届らしき封筒を取り出した。
俺はその封筒をサッと奪うと、表に書かれた文字を読む。
「『女子』バスケットボール部 御中」
「・・・・・・・・・俺が顧問に渡しておいてやろう」
「森川くんが?」
「ああ、顧問とも顔見知りだ。水野のことだ。決心が鈍る前に提出したいだろう。任せておけ」
「わー。ありがと! これで心置きなく早退出来るよ!」
ニコニコと微笑む水野に少し心が痛むが・・・。
そして、俺は水野の入部届けを顧問に提出しに向かった。
翌日
「おはよう、ゆりかちゃん。顧問の先生何か言ってた?」
「え? 何を?」
「何をって・・・ゆりかちゃんバスケ部の主将でしょ? 昨日ね、入部届けだしたんだよ」
「あんた昨日休んでたじゃん。しかもバスケ部に入部届けって・・・運チのアンタが・・・脳みそ沸いた?」
「早退だもん。入部届けは森川くん経由で顧問の先生に渡しているはずなの。部員じゃなくてマネージャーだけど」
ガタン!
海野ゆりか 女子バスケ部主将・水野かなめの親友、が立ち上がった。
「ばっっっっかじゃないの、あんた!」
「えええぇ!?」
「森川秀司に! 『生徒会書記』に!『男バスの軍師』に!『『彼氏』に! 女子バスケ部マネージャーの入部届けを預けた!? あんた、まっちがい無く男バスのマネージャーになってるよ」
周囲に気を使い「彼氏」の部分だけは小声だが、「!」がつくほどには念入りにゆりかは言った
「ええぇ! い、嫌だよ、男の子の、しかも男子バスケ部のマネージャーなんてムリだよ!」
「男の群れは避けて通る子だもんねぇ、アンタ。でも、間違いなく100パーセントあんたの所属部活は
男バスだね」
「ど、どうしよう!?」
「退部とかムリだよ、あそこ。自主退部NGだもん。ミーハーで入った子は即刻退部&コート付近の通行禁止だけどねー。アンタ、演技でもミーハー出来ないっしょ? サボりも出来ない性格」
「う、うう・・・」
「男バスに骨をうずめるのね」
むりやりっぽいですが、名前だしました。秀司君です。
そして、『隠れ彼氏』の陰謀により、男バスのマネージャーになりました。
ゆりかちゃんはマブダチなので、2人の関係を知っています。
次は愉快なバスケ部のメンバーが出てきます。