車酔いの少女2
「あれ?」
「水野か。休日に図書館とは感心だな」
「買うほどに小遣いがあるわけじゃないからさー」
気分を変えて市立図書館で勉強でもしようかと足を向けると。
そこでクラスメイトの水野とあった。
同じバスで通学しているわけだから、同じ図書館を利用している確率も高いわけだ。
が、立海の図書館は蔵書もかなり充実している。
市立図書館になにか利でもあるのだろうか?
聞けば『思春期の微妙な乙女心だよ・・・』と水野はつぶやいた。
「どういう意味だ?」
「本読むっていうの、あんまり知られたくないかなー・・・って」
「いい趣味だとおもうが・・・」
「本読んでいると友達ともおしゃべりできないし、『真面目』とか言われそうだし。私おしゃべりも好きだし真面目でもないし、誤解はされたくないなー・・・って」
「クラスで孤立する可能性もあるからか」
「・・・・ズバっといいますね、森川君」
まあ当たりだけどね。と水野は言った。
「だが、もう15歳だ。そのような幼稚なことは誰もしないだろう」
「分かってはいるのですが、ね。既定観念が抜け切れないのです」
水野はそう言うと『それじゃあね』と検索ルームへ向かった。俺はなんとなく後を追う。
「・・・こっちに用事?」
「そうだな」
「ふーん?」
水野は小さなメモを取り出すとキーボードで打ち込んでいく。ブラインドタッチとは・・・あなどれないな。
そしてレシートを出力するとカウンターへ持っていく。どうやら本の検索をしていたようだ。
司書から本を5冊受け取り「再来週の土曜日までです」と言われた彼女は、エコバックに本を詰め込み
「それじゃあね」と俺に声を掛け、帰ろうとする。
「まて」
「?なに?」
「なにを借りたか興味がある」
「・・・・・」
水野は無言でトートバックを突き出した。
「オヨヨ大統領・・・?」
「い、いいじゃない!」
崇高な本かと思いきや。
かなり昔の娯楽小説だった。本は手垢でボロボロで、彼女はそれにブックカバーをかけるのだろう。
バックを水野に返すと「重いからもう帰るね」と彼女は再び俺に背を向けた。
2週間後。
「また逢ったな、水野」
「すごい偶然だね?」
偶然ではない。
バスで彼女の読書進捗をチェックし、今日返却すると計算したのだが・・・相変わらず俺に気づいていない水野には『偶然』でしかない。
「面白かったか?」
「まあこんなもんかなー、って感じ。やっぱり時代設定とか古いし」
「なるほどな」
彼女はカウンターに本を返却すると「じゃ、私はこっちだから」とパソコンルームに向かい、俺は当然後を追った。
再びメモを取り出した水野は、相変わらず見事なブラインドタッチで蔵書を検索している。
後ろでそれを見ていると、今回はまた別のジャンルらしい。
「ピカソ・ゲルニカの真実、キリストとイコン、アールヌーヴォの世界、曼荼羅と仏たち・・・」
「! 何見てるのよ、森川君!」
この二週間で水野にどんな心境の変化があったのだろうか。
芸術に興味があるとは思わなかったのだが・・・データ不足か?
水野はプリントアウトすると、司書に貸し出しをお願いする。
俺は本待ちの水野の横で、なんともなしに一緒に待っていた。
「じゃ、私帰るね」
「まて」
「・・・・もう何を借りたか見たじゃない」
「荷物が重いから帰るというなら、俺が持ってやろう。少々質問がある。時間をもらうぞ」
「・・・・・(強制!?)」
そして一階のロビーの椅子で、俺達は体面して座った。
「なぜだ」
「は?」
「前回がオヨヨ大統領。今回が宗教美術。お前の思考回路が知りたい」
「・・・・・・・いや、別に。意味ないけど」
「だが、メモを持参していたということは、どこかで何かがあったはずだ」
「尋問するほどの理由じゃないけど・・・」
「ほう。なにか理由はあるのだな? 聞かせてもらおうか」
「・・・・・・今度、ピカソ展が美術館であるから下準備しようかなって・・・。ついでだから美術系で
まとめようかなーって思ったら、ミュシャ好きだし。イコンは以前なんかの本で読んでて、曼荼羅は中学の修学旅行で東寺で・・・って思い出したから」
水野のなかではきちんと理由があったらしい。
俺は満足して水野を開放した。
水野は訳がわからないといった顔をしながら帰途についていった。
さらに二週間後。
「やあ、水野」
「・・・もう偶然じゃないね。クラスメイトの観察日記でもつけてるわけ?」
さすがに分かったようだが、ちょっとズレた返答が来た。
「・・・ふう、もう何でもいいよ」
水野はカウンターで本を返却し・・・今回は書架のほうへ向かった。俺も後を追う。
ついた先はスポーツコーナー。
「今度はスポーツか」
「・・・まあね」
木城はグルリ、と本を見渡すと俺に言う。
「バスケの分かりやすい本選んでくれる?」
ほんのちょっと耳が赤い。
俺はそれを確認してから、書架に手を伸ばした。
苗字だけ出ました! 森川君です。
で、バスケ部のようです(分かりにくいですが)。