欲しいものはなんですか?
その日、キャロルは表情にこそ涼やかな笑みを浮かべながらも……内心では激しくやさぐれていた。
「お父さん、お母さん。
2人がこれからの事を憂いて心配してくれるのは分かる。
だけどオレはもう、パティと結婚する事に決めたんだ!」
キャロルの瞳が映す青年は、人生の難事に際して真剣な表情を浮かべており、キャロルの耳には彼の決意の言葉がはっきりと飛び込んでくる。
家族の寛ぎの場であるメインダイニングにて。
その日、キャロルとその家族は重大なる話し合いの場を設けていた。
上座には父。その斜め左右には母とキャロル。そして父の正面の席には青年と、彼と密着しそうなほどにくっ付いて席に着いている客人……パティ。
「だけどね、ロッティス。
子供が産めないパティさんでは、跡取りであるお前の伴侶として認める訳にはいかないよ」
父は静かに、ただ静かに青年……キャロルの兄であるロッティスを窘める。
その父の台詞に、ロッティスの隣のパティはビクリと身を震わせて、益々恋人の身に縋り付くようにしながらその手を握り締め。瞳に涙を浮かべながら口を開いた。
「お父様……」
掠れながらも絞り出されたパティの声は、弱々しくとも固い決意を滲ませている。
しかしキャロルにとっては、(アンタのお父様じゃないでしょーがっ)という苛立ちをいたずらに募らせるだけ。
「確かに、わたくしは身体的な理由により、ロッティスとの子供を授かる事は叶いません。
ですが、ですが……わたくしは、ロッティスを心からお慕いしているのです」
「パティ……オレだって、人生を添い遂げる相手は君しか考えられない」
「ロッティス……」
にわかに熱々な、らぶかっぷる空間が繰り広げられ、置いてきぼりを食らう一同。
戸惑いの頂点に達し、目を白黒させている父。とうの昔にショックのあまり気絶してしまった母。
キャロルは咳払いを繰り返して、『ここはふたりだけのせかいなの(背景ピンク)』に、割って入った。
「お兄様」
「キャロル、君ならオレ達の結婚を賛成してくれるだろう?」
妹へと、何の曇りも抱かずにそんな信頼しきった眼差しを向けてくる兄へと、キャロルはにっこりと微笑みかけた。
「ええ、もちろんよお兄様。
キャロルはいつだって、お兄様の味方なんですもの」
「キャロル!」
そんなキャロルの台詞に心強さを覚えたのか、ロッティスは目を輝かせて妹の名を叫ぶ。
キャロルはそっと、テーブルの下へと両腕を差し込み……
「……とか言う訳があるかぁっ! こんの腐れ変態野郎共がーっ!?
私の健気で献身的な日々を返しやがれーっ!」
仲睦まじく手を繋ぎあっている、結婚を決意したロッティスとパティの男2人組に向かって、全力でテーブルをひっくり返しながら叫んだ。
「あわわわわ、か、母さんっ。キャロルが、キャロルがキレたっ!」
「落ち着いてくれキャロル!
確かにパティは、元々はお前の婚約者候補だがっ! オレ達は真剣に愛し合って……!」
「ごめんなさい、ごめんなさいキャロルさんっ。やっぱりわたくしは、ロッティスのような逞しい殿方でなくてはダメなの……!」
「うるへーっ!?」
ラクシュミア子爵令嬢キャロル、本日婚約者候補の男性……パトラッシュ氏を、兄に奪われました。
そんな訳で私、婿探しの旅に出ます。
などと衝動的な旅立ちの決意を固めたキャロルが、家出同然に旅立って、世間知らず故に身包みを剥がされたり、危機的状況を旅の剣士に救われたり。
盛大に迷子になったところを偉大な魔法使いに拾われたり、親切な老夫婦と暮らしたり。
気ままに旅を楽しんでいる最中に実家に連れ戻されそうになったので暴れたりしているうちに、何故か勇者様からライバル認定されて、喧嘩したり共闘したりしてたら偶発的に魔王と和平条約結べちゃった!
……などという、この後本人でさえ予想だにしなかったそんな賑やかな人生を送る切欠となった、とある麗らかな春の昼下がりの出来事である。
そう、たとえ魔王と和平条約という偉大な功績を残せようとも、キャロルの婿となってくれる気の合う男性は、なかなか見付からないのである。