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予定の時間よりも早く家を出たはずだった。
余裕をもって目的地へ着きたくて、時間つぶしの為の小説を抱えて駅まで向かった。
背後で、人が騒いでいるのに振り向いた時には、もう手遅れだったんだ。
目の前に迫る乗用車。
何を考える暇も無く…自分の身体は宙を舞った。
次に気付いた時には、自分の身体は浮いていて…
どれだけ人が多いのだろうかと思うほど賑わっているのに、誰一人俺には気付かない。
ただ、一人…
俺を見ていた男がいた。
明らかに染めている金色の髪。
一体、いくつ開いているのか分からない数のピアスに派手な装い。
自分とは真逆な彼だけは、俺を見ていた。
梓川駿
俺と同じクラスだと言っていた。
幽霊になった俺が記憶を無くし、頼れるのは彼だけだった。
取り合えず、付いていった一人暮らしの彼のアパートは雑然としていた。
最低限の生活が出来れば充分だという感じだ。
「写真見ても思い出せねー?」
机の上に写真を広げて、梓川はクラスメートの名前を告げていく。
『分からない…』
「んー…まぁ、そうかもな。実際お前とオレとじゃ友達関係も違うしさ」
『どういうことだ?』
俺が尋ねると、梓川は苦笑した。
「お前はクラスの委員長だったんだよ。オレらはいわゆる問題児」
『委員長……』
「そ。だから…お前はいっつもオレらを目の敵にしていた…」
梓川は少し目を伏せた。
「当たり前っちゃーそうなんだけどさ…」
『梓川…』
なんだろう
何故、そんなにも悲しそうな…やりきれない顔をするのだろう
「なぁ、凌…」
『なんだ?』
顔を上げた梓川は痛々しい表情をしていた。
「もし…思い出したら…お前はどうするんだ?」
『思い出したら…』
何も考えていなかった。
俺は死んだのか
それとも、まだ生き返る可能性はあるのか
TVなどで見るような死神もいない
お迎えなんて来る様子もない
死んだという宣告も無ければ、俺はこうして漂っているしかないのだろうか
『分からない…だけど、自分の身体を見に行かなければいけないだろうな』
「……生きてる、んだよな?」
『それすら…』
-----分からない
なんて中途半端な存在なんだろう
自分自身が分からない
記憶を失って、死んだかも分からないなんて…
「凌…」
まるで絞り出すような声。
それきり、梓川は黙ってしまった。