その⑨ 森に住まうものども
草をかき分けて走る。体が熱い。
そう、匂いで分かる。
森中が知らせている。
風のように軽い体、鞭のようにしなる足を駆使して駆ける。
目指すはあの場所。匂いで分かる。五感が俺に訴えかける。
急がなくてもいい、でも、体が言うことを聞かない。
そう、急ぐ必要はないが、ゆっくり行く必要もない。ならばいっそこの猛る本能にまかせ、風のように走るとしよう。
夜を待つ森に、雄叫びが轟いた。
「あれ、なにか聞こえなかった?」
「そう~? 何も聞こえなかったわよ?」
女の子を膝の上に座らせて満足げなミコは、顎を女の子の頭の上に置いてずっと空を眺めていた。女の子も大人しく座っている。
「低い雄叫びみたいなさぁ」
「あ、流れ星! えっと、えっと、何お願いしようかなぁー! ……あ、行っちゃった」
「聞いてよー」
「聞いてるわよー」
ポセットが食べられていないか心配は尽きないが、あまりにも自信満々にナットが否定するので、だんだん心配の念も薄れてきていた。
しかし、無くなりはしなかった。
女の子をナットにまかせて自分だけ探しに行こうかとしたが、やはりナットがそのうち返ってくると言ってきかないのでとどまっているのだった。
「ポセットくんおっそぉーい。お腹減ったー」
「オイラもお腹減ったなぁ」
ひょい。
「あら」
「にゃお!」
目の前に差し出された楕円形の果実。女の子はにっこりと微笑む。
「これくれるの? ありがとう! いただくわ!」
「オイラもー」
ミコとナットは大喜びで甘い香りのそれにかじりついた。
「あれ、この木の実……。昨日食べたのと一緒だ」
「ふーん。あら、おいしいわこれ」
「あ、食べすぎだよ! オイラの分なくなるじゃないか!」
「この実もなかなか甘いけど、猫くんも相当甘いわね。世の中は常に早い者勝ちなのよ」
実はあっというまに果肉をそがれ、種だけになってしまった。物足りなさそうに木を見上げたミコの目に、ずらっと垂れ並んだ木の実が見えた。
「この木の実だったのね。こんなにいっぱいあるんじゃない。もう、砂漠にオアシス、森に大木ね!」
「なにそれ」
ミコは大木にしがみつき、よじよじと登り始めた。が、二、三秒でずり落ちてきた。
「そもそも、女性に木登りさせようなんて非常識だわ。猫くん、出番よ!」
「結局オイラ……」
ナットは軽々と木の実のもとまで駆け上がると、銀に光る爪をにゅっと出して、枝と実を繋ぐ短い茎をつぎつぎ引き裂いていった。
「ふぅ、これでどう?」
ミコはナットに目もくれず、落ちてきた木の実をガフガフかじっていた。
「ちょっと、お礼とかないの?」
ガフガフ。むしゃむしゃ。しゃくしゃく。
「もう! ……ん?」
ドタドタバタバタ。騒々しい足音が押し寄せてくる。
音に気付いたミコがふと視線を向ける。一心不乱にかじりついていた口がポカリと開いたままになり、細い指から逃れた木の実が地面にすとんと落ちた。
「え、え! 何よこれ、どーなってんの!」
慌てふためくミコ。目の前には黒い津波と化した狼の群れが迫っていた。どの狼も口元からよだれを垂らし、無我夢中に襲いかかってきている。
ナットが枝の上から言った。
「早く登って! 食べられちゃうよ!」
「わわわ、わかってるわよー!」
大慌てで大木によじ登るミコ。その足が地面を離れ、迫った狼の爪がミコの靴を裂いた。ミコは足をばたつかせて必死に枝にしがみつく。僅かに間に合わなかった狼たちは、大木の周りをぐるぐると回って、悔しそうにバウバウと吠えたてる。
「ど、どうしよぉ……。ねぇ、猫くん! 本当にポセットくん無事なのよね?」
「――わかんない……」
続きます。