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その⑧ 危機、迫る




 大きな葉っぱをひょいと持ち上げると、どこかで見たような木々が面白げもなく立ち並んでいた。


「もう、ナットもミコさんもどこ行っちゃったんだよ……。見つかんないよ」


 もう弱音も吐き飽きた。空は段々と紺碧に染まってきているというのに、ナットもミコも見つからない。そもそもそんなに遠くまで逃げることなんてないのに、ちょっと離れてればいいだけなのにと、ブツブツ文句を垂れる。


「はぁ。もう疲れた……」


 振り返ると、三色のワンピースを着た女の子がさも面白そうについてきていた。どう見ても、昨日の夜に木の実をくれたあの子だ。


 もちろん、色んなことを質問した。どこから来たのか、なぜ森に居るのか、自分のことを知らないだろうか、出口はどこか……。しかし、


「なんで君は一言もしゃべらないんだい? 聞こえてないの? 話せないとか?」


 何を聞いても、女の子は首をかしげてまたにこにこと微笑むだけ。失った記憶に関係あるかと思ったが、全然そんな様子はなくて、ポセットは無駄足だったととことんがっかりしていた。


「ここはどこなんだぁー……」


 すっかり猫背になってしまったポセット。不意に、背中を引っ張られた。


「なに? うわっ!」


 女の子はポセットのジャケットの背中を引っ張った。そして手はそのまま肩から下がるバッグに移り、最終的にバッグを引っ張る形でポセットを引っ張り始めた。


「うわっ、何? 何? どうしたの!」


 女の子は答えることなく、時折首だけ振り返ってにこりと笑うだけで、力いっぱい引き続けて行った。さながら飼い犬の暴走になすすべなく引っ張られる飼い主のよう。


「どこいくんだよ! ――ん?」


 バタバタと走りながら、すごく強い匂いの中に居ることに気付いた。甘い、とろけるような匂い。


 そして同時に、眼前に現れた巨大な木。暗がりの中青白く揺れる葉の屋根には、いくつもの花が咲いていた。


「あれは……? あっ!」


 木の下には人影があった。一人、二人……、五人ほどいるだろうか。


 腰あたりまで伸びた草木を飛び越え、木の下まで走る。


「これは一体……。どういうことなんだ……?」


 そこにいたのは今自分を引っ張ってきた子と瓜二つの女の子たちだった。木の陰にも何人かいて、数えてみれば八人いた。


「君たちは一体……? どうしてこんなところに――」


 女の子の一人が微笑みながら走り寄り、ポセットの手を握った。そして大きく腫れた木の根に座るよう促すと、たくさんで囲んで、ポセットに寄ってたかって手をとったり背中をさすったり抱きついたりとやりたい放題。何を言っても聞かないので、ポセットも苦笑いしつつ、されるがまま大人しく座っていた。


 不意に、一人の女の子が険しい顔で立ち上がり、ポセットから立ち退いた。顔面蒼白、驚愕と恐れの混じった顔だった。


「え、どうしたんだい?」


 女の子たちはみんな笑顔をなくし、スッと立ち上がると、今度がポセットに立ち上がるよう促し、またバッグを引っ張って先導し始めた。八人全員がポセットを送っていく。


「なに? なんなの?」


 ポセットは疲れていたりナットたちが見つかんなかったりでほとほとうんざりな様子。もうどうにでもしてくれ。


 花の匂いは段々薄くなり、ポセットはそのまま緩やかに送られていった。小川を通り、木の根を飛び越え、広い原っぱを越えて、とうとう森の出口にまでやってきた。草の生えた荒れ地の先に、舗装された道路が見える。


「外に案内してくれたの? ありがとう。でもまだ出て行くわけにはいかないんだ。友達がいるから、連れてこなくちゃ」


 女の子たちはポセットに捕まり、一斉に首を横に振った。そして、遠くに見える道を指さして、何人かの女の子がポセットの背中を軽く何度も押す。


「な、なに? 戻るなってこと? 行けってことなの?」


 女の子たちは肯定の意は示すことなく、ただポセットに森から出るよう促す。


「ダメだよ。僕はまだ帰れないんだ。ごめんね」


 どんなに言っても、女の子たちの行動は変わらない。痺れを切らしたポセットは、


「言ってもわからないのなら、無理やり行くことにするよ」


 女の子たちを振り切って、無理やり森の中に走り戻った。女の子たちは慌てた様子でポセットを追ってくるが、ちょっと本気を出したポセットの脚力に常人が着いてこられるはずもなく、みるみるうちに小さくなり、やがて完全に見えなくなるほど離れた。


「ふぅ。なんなんだ?」


 いつの間にか、ポセットはまたあの強い匂いの中に居た。しばらく進むと、さっき女の子たちと会った木に出た。


「匂いのもとがこれか。立派な木だな」


 少し目線を上げると、五枚組の黄色い花弁が木のあちこちに開いていた。


「あれ? これはどこかで……?」


 その花、見覚えのあるような気がした。確か――、そんな昔のことではない、つい最近……。


「あっ! 分かった!」


 それは昨日、森の入り口で見かけた花だった。五枚の黄色い花弁が特徴的だったあの花。


「あの花の木……?」


 そのまま少し視線を下ろした。花の下に、何やらぶら下がっている。楕円形の何か。


「実だ……。あれは――」


 それにも見覚えがあった。まちがいない。昨日ナットと一緒に見つけ、食べた木の実だった。そして女の子の一人が昨日くれた木の実でもある。


「あの実はこの木のものだったのか……。でも昨日実を採った木には花なんて一つも咲いてなかったのに――」


 ガシッ。ガシガシッ。ガシガシガシッ。


「わっ!」


 一斉に伸びてきた幾本の手が、ポセットの身体にしがみついた。振り返れば、さっき遥か彼方に置いてきたはずの女の子たちがポセットに群がっていた。


 女の子たちからは笑顔が消え、みんな蝋人形のように無表情のまま。


「何なんだ? 放せ!」


 ポセットが振り切ろうとしても離れない。ただしがみついているだけではない。なにか、物凄い力がかかっていた。


「こ……のっ!」


 しかし本気を出せばこの程度、ポセットに振りほどけないようなものではなかった。


 女の子たちと距離をとり、じりじりと後退する。


「一体なんだって言うんだ? 僕はただ、連れを探しに行くだけだ。君たちに迷惑はかけない」


「ダメ」


 女の子の一人が初めて口をきいた。うつむいたまま、ぶつぶつと呪いを唱えるように。


「ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメ…………」


 壊れた人形のように何度も。その内、他の女の子たちも同じように呟き始めた。


 その奇怪さは、薄暗い森の中ということもあってか、ポセットにも恐怖の念が浮かんだほどだった。


「なんだというんだ……。君たちはここに住んでいるのか? 僕が邪魔だから出て行けというわけか?」


「違う」


「なら、なにがいけないというんだ? なぜ僕を森から出そうとする?」


「出て行け」


「出て行くさ! ただ、人一人と猫一匹を連れていきたいんだ。彼女らを見つけたら一緒に出て行く。それでいいだろう? ――君たちが手伝ってくれると、早く見つかるんだけど……」


 ポセットは微笑みかけながら、雰囲気を和やかにしようとなるべく明るく話しかけるが、女の子たちの表情は硬い。


「ダメ」


「今すぐ出て行かないとダメってこと?」


「………」


 何が不満なんだろうか……。思考の巡るポセットの頭の中に、一つの仮説が生まれた。が、すぐに取り消した。


 でも、言ってみた。


「まさか、〝ミコさんとナットを連れて行くことがダメ〟ってこと……?」


 女の子たちは一斉に言った。


「そう」


「え!」


 女の子たちは冷たく無表情のまま、ポセットを取り囲んでいく。


 警戒しながらも尋ねた。


「なぜ? ナットたちが森に居ることで、なにか君たちに得があるとでも言うのか?」


「久しぶりに来たから」「人間はなかなか来ないから」


「――話し相手が……欲しいのか?」


 ちがう、とみな一斉に首を振る。


「恩返ししなきゃいけないから」


「恩返し……?」


 全員が口をそろえて答えた。


「ここまで運んでくれた」「だから私たちは育ち、大きくなることが出来た」「だから、今度は私たちが育ててあげるの」


「一体、何のことを言っているんだ?」


「「出て行け」」


 硬直する女の子たちとポセット。


 その時、低く唸るような声が森中に響き渡った。それは木々に長く反響して、次第に小さくなって消えた。


「今のは……まさか……」


 瞬間、一匹の狼がポセットの隣を走り過ぎて行った。目で追う間にまた一匹、もう一匹と何匹もの狼がポセットにも女の子たちにも目をくれず、同じ方向へ風のように走り過ぎて行く。


「大変だ……、ナットたちが危ない……!」




また長くなってしまった……。精進します。


続きます。

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