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その⑥ 狼退治




「怖かったよぅ……、死ぬところだったよぅ……」


「おお、よしよし、ごめんね、猫くん。私がドジなばっかりに……。そして、ポセットくんが頼りないばっかりに……」


 悪口を言われているとも知らず、ポセットは草むらをガサガサと散策していた。


 そして見つけた。


 小さな足跡は川を下っても休むことなく、迷うことなく、変わらずに続いている。


「よかった、まだ続いてる。それにしても一体、どこまで続いているんだ……?」


 この最果てに居るであろう〝女の子〟は、こんなところを通って行ったのだろうか。なんのために? どこへ向かって?


「きゃっ!」


「どうしかしましたか?」


 後ろではミコが目を見開き、ナットを強く抱いたまま固まっていた。ポセットから見て右の草むらをじっと見つめている。


「なにかあった――」


「しっ!」


 ミコは今日初めて見せる真剣な顔で、強く短く静粛を促した。


 草むらから出てきたのは一匹の狼だった。青を基調とした流れる毛並み。黄色に光る瞳が二人と一匹を一度に視界に入れた。


 短く喉を鳴らし、一歩一歩計るように近づいてくる。


 ナットはフーッと牙をむいたが、ミコがそれを押さえつけ、ゆっくりと動いた。決して背は見せず、向かいあったまま後退さる。


 ポセットが口を開いた。


「ダメです、ミコさん」


 いきなり普通に話すので、ミコもナットもびっくりして固まった。


「こいつは明らかに腹をすかしている。僕たちを食べるまで追ってきますよ。逃げられません」


 狼は声の主であるポセットを鋭く睨み、舌を垂らしながらゆっくりと身がまえた。またポセットも両手をトンファーに伸ばし、狼に歩み寄っていく。


「ポ、ポセット……くん?」


 すると、ナットももぞもぞとミコの腕からはい出て、


「あ、ちょっと!」


 ササッとポセットに走りより、狼の前で前傾姿勢をとった。


 喉をならす狼は首を振り、ガウッと短く吠えた。


「げげ……」


「まいったな……」


 草むらからはさらに三匹の狼が現れた。どの狼もベロリと舌を出し、興奮気味にポセットたちを囲んだ。


「ど、どうするのよぉ……?」


 ポセットは舌打ちのようにチッチッと短く舌を鳴らした。ナットが反応して、駆けだす。


「こっち!」


「えっ!」


 ナットは戸惑うミコの靴下を無理に引っ張って、ポセットから離れた。もちろん、狼はそれに反応。混乱を見せたミコに襲いかかろうと牙を向き、飛びかかった。


「きゃあっ!」


 しかし、すかさず投げたポセットのトンファーが寸前で狼に命中したので、牙も爪も腰を抜かしたミコには届かなかった。


 急な動きに興奮した狼たちを引き付け、早く行けとトンファーを振るうポセットを後目に、ナットはミコを連れて、とにかくどこか遠くへと走り出した。


「猫くん、ポセットくん死んじゃうよ!」


「大丈夫! いいから走って!」


「え……」


 離れて行くポセットと狼。段々その姿が小さくなっていくなか、尻もちをついたポセットに二匹の狼が飛びかかった。


「あ!」


 ポセットの一大事にと逆走を始めたミコを、ナットが回り込んで止める。


「だめ!」


「何言ってるの! 彼、食べられちゃうわよ!」


 自分を飛び越えて走るミコを、やはり回り込んでもう一度止める。


「だからダメだってば! オイラたちが行ったら邪魔になっちゃう」


「だから何言ってるの、こんなときに!」


 ぎゃおん――。


 突然の声に、ミコとナットがポセットに目をやった。声の主はとびかかっていた狼。


「ほら早く!」


 ミコは迷いながらも、ナットに先導されて木々の中に消えて行った。


 吠える狼。前から、横から、後ろから、飛びついて離れて、噛みついて離れて。狼の卓越した天性のコンビネーション。三対一の攻防。


 幾度とない攻撃の繰り返しを経て、ダメージはむしろ狼たちにあった。


 狼に囲まれても全く生じない動揺、そして攻撃を加えようとすれば必ず返ってくる手痛いカウンター。森に迷い込んだ人間を幾度となく餌としてきた狼たちだったが、ポセットの放つ空気は明らかに森に迷い込み怯えているそれとは異なっていた。


 見たことのないタイプの人間を前に、飛びつく隙も、その部分も見失った狼たちは、ただ混乱しながら周りを囲み、吠えたてることしかできなかった。


「…………」


 怖気づく狼を前に、ポセットはトンファーについたダイヤルを調節した。


 一瞬の静止を好機とばかりに飛びかかる狼。


 紫の光が飛び散り、短い悲鳴を残して狼は地に伏した。


 体を痙攣させながら横たえる仲間を見て、残りの狼は文字通り尻尾を巻いて茂みの中に消え去った。


 ポセットは投げたままになっていたもう片方のトンファーを拾い、砂を払ってベルトに納めた。少し怪我をしたが、大したことはない。


「ナットとミコさんはどこいったかな……?」


 視界の隅に残った頼りない記憶を道標に進んでいく。


 ふと足を止めた。


「三匹……」


 一匹はそこでぐったりしている。追い払ったのは二匹。


「初め、一匹出てきて――。その後、確か……」


 三匹出てきた。


「まさか……」


 足元にとどめの一撃。それは獣の足跡。ナットのものより大きかった。


「これはまずい――」




 ある程度離れた。ここまでくればもういいだろう。ミコとナットは足を止め、来た道に向き直った。


「ポセットくん、ホントに大丈夫なの?」


「大丈夫だよ。スタンガンもまだ充電足りてるはずだし」


「でも、スタンガンって言っても……」


「もう、心配性だなぁ。今にひょっこり帰ってくるよ。待っていようよ」


 ガサガサ――。茂みが揺れる。


「ほらね、噂をすれば……」


 ガサッ。


「「え……?」」


 出てきたのはポセットではなかった。




続きます。

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