その⑤ 追跡
足跡は立ち止まったり振り返ったりすることなく、真っ直ぐに続いていた。
所々薄くなったり、途切れたりしていたが、二人と一匹はどうにかこうにか後を追っていった。
でも本当にどうにかこうにかで、追跡は熾烈を極めた。
「え! 嘘でしょ?」
「早くしてください。大丈夫です、僕がちゃんと受け止めますから」
二、三メートルはあろうかというちょっとした岩場。ごつごつした大きな岩には、緑の苔がわさわさと元気に根を張る。
ミコはその上で、困り果てたように下のポセットを見る。
「ほ、ホントにこんなところ降りなきゃいけないの? 足跡ちゃんとあるんでしょうね?」
「ありますよ、だからこうして飛び降りたんですよ。だからほら、ミコさんも早く」
「だから、〝ミコさん〟やめてってば。どうせならミーちゃんとかにして~?」
「ミコさん!」
わかったわよぉと小さく言って、ミコは下を覗き込んだ。しかし、くらっ、とふらついて、その場に座り込んでしまった。
「やっぱりダメ。高い、高すぎる。私高いところダメなの!」
「もぉ~、早くしてくださいよぉ……」
大きく吸って、深いため息。
どしゃ――。
「いったたたたた……。もう、ちゃんと受け止めてよ!」
「な…んで、いきなり…。普通一声ぐらい…かけ…ませんか…?」
自分のお尻の下で苦しそうなポセットを気にもせず、ミコは腰が痛いだの膝を打っただのと文句たらたら。
「ポセットも大変だね」
そういうナットも、ミコが飛び降りる前にさっさと主人の肩から逃げ出していた。
「大変だと思うならちょっとは助けてよ……」
ポセットは挫けそうになりながらも足跡を追った。
「あ、川!」
「喉が渇いていたんだ。丁度よかった」
森を流れる凛とした小川。その水は冷たく透き通り、ポセットたちの喉も十分に潤してくれた。
「おいしい~。なんだか自然百%って感じね! そうそう、自然百%と言えばね、昔知り合ったおじいさんに〝天然糸こんにゃく〟をごちそうしてもらったのよ。それがまた美味しくてね~」
「天然の糸こんにゃくですか」
「そう、木になるらしいのよ」
「い、糸こんにゃくがですか?」
「そう、あの〝糸こんにゃく〟がよ」
「気持ち悪いですね……」
「こう――、夏になるとこう――。糸こんにゃくの木にね。こう――、垂らしたモップみたいにね、こう――。もっさぁ~って」
「〝もっさぁ~〟ですか……。――そんなことより、下りましょう」
「え? この川を?」
「ええ、多分足跡の主も下って行ったんだと思います。足跡どこにもありませんし」
冷たい水に足首までを漬け、滑らないように気をつけながらゆっくり下っていく。
「いっ…たーい!」「うぎゃあ、つめたいぃ!」「うわぁ、すべるっ!」
気をつけているのはポセットだけ。
「ちょっと、待ってよ! うきゃあ! 滑る! うわっ!」
八回目。
「もう少し静かにしてください。ここは綺麗な水が流れてますから、きっと動物も水を飲みに来ています。こんな足場の悪いところで人狼に会ったら、命はないですよ」
「人狼なんかに会ったら、足場関係なく命はないと思うなぁ」
「いいから、早くしてください!」
「ちぇっ、ポセットくん冷たいなぁ~。ここの水といい勝負だよ」
「もぉ~……。仕方ないなぁ。ほら、肩を貸しますから、ゆっくり下って行きましょう」
「お~、ポセットくん優しぃ~。ではお言葉に甘えて……」
ぐいっ、ふらふら、おっとっと、ずるっ――。九回目。
ポセットは小川に腰までつかったまま、帽子を絞った。藍色の帽子から透明な水が滴る。
「はぁ、なんで僕まで……」
「あっははは、いいじゃん。水も滴るいい男! 男前だねぇ~」
「僕はまぁいいですけど、ナットがダメなんですよ」
「ありゃ……」
ナットは全身水につかって、目を開いたまま痙攣していた。というか沈んだまま固まっていた。
「猫くん大丈夫?」
「こいつ水が嫌いで……。失神してますね」
「あっちゃ~」
ナットを抱えて、(もうこれ以上濡れようがないので)闇雲に小川を下っていく。
ナットが目を覚ましたのは、川を下って行った先で足跡を見つけた後だった。
続きます。