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その③ 森の夜は不思議な夜




 日は暮れかけていた。徐々に西の空が紅みを帯びていく。


「う……ん?」


 ポセットはむくりと体を起こし、重い目をこすった。頭がぼーっとする。


 いつの間にか眠ってしまった。ナットは変わらず真っ黒な風船のまま。


「今日はここでこのまま野宿かなぁ……」


 まばたきをする間にも、空はどんどん茜色に染まっていく。


 ナットが起きた頃には、空はすっかり暗くなっていた。


 木から実をいくつかもぎ、注意深く見定めてから口へ入れる。噛んだ瞬間ジワッと甘さが口へ広がり、喉を潤していく。


 草を刈って円を作ったところに、落ちている枝を山のように集めてきて焚火の用意をした。鞄をひっくり返して、底に溜まった糸くず、紙くずだとかのゴミをなるべく集め、枝と一緒に据える。


「ちょっと足りないかなぁ……?」


 ポセットは横目でナットを見て、ニタリと笑みを浮かべた。


「フギャッ!」


 ナットを捕まえて、その黒い毛を一つまみ。


「ひきゃーーーっ!」


 叫び声は暗がりの森に響き渡り、遠くでは鳥たちが慌てて飛び立った。


「あれ?」


 鞄から取り出したライターはガスが切れていて、なんどやっても火花が散るだけで炎が灯らない。


 ポセットは仕方なく、腰のベルトに繋げてある黒い棒を取り出した。とても慣れた様子で、カタカナの〝ト〟の形をしたそれを指先でくるくる回す。


 正しくグリップを握り、構える。それは金属製のトンファーだった。


 グリップには黒の薄いゴムが巻かれ、長い円柱が肘までしっかりと覆う。ただ、このトンファーは普通のものとは少し違っていた。


「ちゃんとつくかなぁ……?」


 ポセットは手首を返し、円柱の長い部分が先になるように持つと、先端を枝と密着するゴミやナットの毛に付けた。


 ポセットはグリップの上に付けられたダイヤルを親指で調節し、そのまま強く押した。ダイヤルはスイッチのように深く沈み、パン! という何かが弾けるような音がして、トンファーの先端からは紫の火花が散った。80万ボルトのスタンガンがあっという間に火をつけた。


「よかった、ついた」


 火種を消さないように注意しながら息を吹きかけ、だんだん大きくしていく。やがて立派な炎になった。


 ナットはホッとするポセットを半ば恨めしそうな目で見つつ、我先にと焚火に近づき、早速まるくなった。昼は温かかったが、夜は随分と冷える。


 ナットが片目を開け、ポセットを見る。


「ねぇ、ポセット」


「なに?」


「今日はなにか思い出した?」


 パチパチと焚火がはねて、風がどうと木々を揺らす。炎も揺らぐ。森は静かだった。磁鉄鉱のような空は、重く暗く、それでいて強く輝く星を含んでいた。


 ポセットの口が開いた。


「――いや、なんにも」


 風がやんだ。やがて火は消え、森にはいつも通りの夜が訪れた。




 月が高く上がり、森を照らす。


「眩しいな……」


 ポセットは眠れないまま、木に背をついて月を見ていた。ナットは猫のくせに夜もぐっすり寝ている。


 押しつぶされそうなほどに静かな森。深夜というだけあって寒さも最高潮。


 ――ガサッ―。


「ん……」


「ふにゃっ?」


 ぐっすりだったナットが飛び起きるほど大きく聞こえた物音。当然、ポセットが意識を張り巡らせる。体を緊張させ、両手が静かに腰のトンファーに伸びる。


 ナットが足音無くポセットの肩に乗る。そして聞き取れないほど小さく呟いた。


「十時の方向、七メートル。人の気配じゃない」


 沈黙。


 ――ガシッ、パキッ―。


「近づいてきてる……。六メートル」


「降りて、ナット」


 ナットがサッと飛び降り、前傾姿勢で物音の方向を睨む。ポセットはゆっくりと立ち上がった。


「ポセット、ダメだ。こっちは月に照らされている。見られてるよ」


 しかし、ポセットはトンファーをベルトから引き抜き、手首の返しで二、三度回し、脱力したまま立ち尽くした。


 また沈黙。


「ポセット、なんだろう? 見えないよ」


「森の入り口……」


「え?」


「森の入り口に、大きな爪痕のある木があった」


 爪痕があった高さは、ポセットの身長を軽く越していた。


「熊より大きかった……。多分、かなり大型の人狼だと思う」


 人狼というのは大型で、後ろ足のみでの歩行、疾走が可能な狼のこと。同サイズの熊と人狼なら、熊が五秒とかからず喰われてしまうだろう。人狼だけでなく、普通の狼とも群れて行動するため、襲われればまず命はない。


 しかし、ナットが異議を唱える。


「人狼はこんな所にいないよ。もっと高い山に住むんだから。それに、今近づいてきているのは一匹だけだよ」


「本当に一匹? 後ろにいたりしない?」


「絶対いないよ」


 ナットの感覚は頼りになる。ポセットはそれをよく知っていた。


「なら、ちがうか……な?」


 ――ガサガサ―。


 ポセットがスタンガンの出力を最大に上げた時、


「!」


 月明かりの下に現れたのは、一人の女性だった。


「人……?」


「そんな……」


 一番驚いたのはナットだった。


「そんな、絶対に人の気配じゃなかったよ!」


「でも人じゃないか。女性だ……というより――」


 〝女の子〟と言った方がしっくりくる年齢のようだった。緑、白、桃の三色の模様が印象的な長いワンピースが、月明かりに照らされる。


 黙ったままポセットの顔をじっと見つめる女の子に、まずポセット、次にナットが警戒を解く。


「君は誰? どうしてこんな所に?」


 女の子は答えない。


「ねぇ、こんな所にいると危ないよ。風邪ひくよ?」


 ナットが尋ねても答えない。女の子はただその大きな丸い瞳でポセットとナットを交互に見つめるだけ。


「あの……」


 ポセットが口を開くのと同時に、女の子は満面の笑みを浮かべた。


「あ……はは」


 つられて愛想笑いを作るポセットに、女の子はゆっくり歩み寄り、背後からなにか出した。


「!」


 とっさの動きに、ポセットもナットも一瞬の警戒。しかし、女の子の手に握られていたのは、ナイフでも銃でもない、ただの木の実だった。どこかで見たことのある実。


「これって……」


 ポセットは振り返って、大木を見上げた。やっぱり。


 女の子が取りだした実は、今さっきポセットたちが食べた大木の実だった。


「なんでこれを……?」


 もとに振り返った。しかし、そこに女の子はいなかった。


「あれ……?」


「いなく……なっちゃった」


 風が吹いた。木々がざわめいて、砂埃が舞う。森のずっと向こうまで見えるが、動くものは何も見えない。見回しても、あるのは木だけ。


 もう一度風が吹いた。より静かに、より冷たく。


「オイラたち……、夢を見てたのかな」


「いや」


 ポセットは右手にしっかり掴んだ木の実をガブリとかじった。


「夢じゃないみたい」


 不思議な夜は月とともに更けていった。




きりのいいとこ探したら長くなっちゃった。


続きます。

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