その⑯ 道の先へ
森の出口は意外と近かった。舗装の雑な道路にでて、森の中でこちらを見つめる女の子に手を振りながら、森が遠のくまでしばらく歩いた。
「自分を運んできてくれた狼を育てようと……。恩の深い花もあったものね」
「もしかしたら、どの花もそうなのかもしれませんよ。気づいていないだけで、僕たちを守ってくれているのかも」
「どっちにしても、生きて出られて良かったよー。それに結局、ポセットの記憶とは関係なかったね」
「ああ、そうだね」
月明かりを背に、一本道を歩いていく。道ばたには昨日の朝見た、黄色い五枚の花びら。
「こんなところにも伸びてきているのね」
「そのうち、もっと大きくなりますよ。あの人狼が息絶えるまでね」
「恩返しを終えたら、あの子はどうするんだろうね」
「恩を返す相手ならうんといるさ。敵もそれに見合うだけいるだろうけど」
しばらくして、近くの町に着いた。夜が遅いこともあって、宿にチェックインするのも苦労したが、なんとか入れてもらえた。
世話焼きの宿のおばちゃんが怪我をかばいながらミコをお風呂に入れてくれて、きれいにしてから消毒と包帯をやり直して、ベッドに寝かせた。出血は大体止まっていたが、感染病の恐れがある。
「もう行くの?」
食料とトンファーの充電、お腹にぐるぐる包帯を巻いて手当を終えたポセットに、ミコが言った。ポセットは、同じく包帯ぐるぐるで丸くなったナット(嫌がったが、無理矢理お風呂に入れたら拗ねて寝た)を肩に乗せ、小さくうなずいた。それから、ポケットから宿代の大小のコインとお札をだして、戸棚の上に置いた。
「そう。記憶、見つかると良いわね」
「えぇ、きっと見つけてみせますよ。ミコさんもお大事に」
ドアに手をかけた。ミコが言った。
「また……、会える?」
ポセットは振り返って、微笑みながら言った。
「ええ、また会う日を楽しみにしています」
「そうね、また会えるわよね。次あったときは、きっと何かご馳走させてもらうわ。木だってあんなに立派な恩返ししてるんだもの、私も負けてられないわ」
ミコはそう言って笑った。
「ええ、楽しみにしています」
「むにゃ。じゃあね、ミコさん。あんまり無茶したらダメだよ」
「うん。気をつけるわ、猫くん。じゃあね」
軽く手を振ってわかれた。
がらんとした部屋の中で、ミコがつぶやいた。
「また、面白い旅話ができたわ。機械の体の少年と、勇敢でちょっと抜けた黒猫と、恩の深い木の話……」
宿のベッドは柔らかく、すぐに眠りに落ちた。肩の傷が癒えて、もっと遠くに旅を続けても、彼女は今日を忘れることはないだろう。
ポセットは気の向くまま、歩き始めた。地図は捨ててきた。明確な目的地など初めからない。
ポセットは鞄に入っていたもう一つの実を取り出して、ナットと二つに分けた。そして、道ばたにそっと種を埋めた。
「ポセットも恩返しして欲しいの?」
「たまには感謝されるのも悪くないなと思ってさ」
東の空はもうすぐ朝日が昇り、白んだ紫に染まっていくだろう。ポセットは朝から逃げるように真っ直ぐ続く道を歩き出した。
舗装が剥げ、ほとんど砂利道となった長い道を、一人の少年が旅を続けている。藍色の帽子、黒のスカーフ、帽子と同じ藍の上下ジャケット、白の鞄、腰にはトンファー。そして肩にはもちろん、黒色の猫が一匹行儀良く座っていた。
黒猫のナットが尋ねた。
「次はどこに行くの? ポセット」
ポセットと呼ばれた少年が答えた。
「さぁ、わからない。でも、行ってみればわかるよ」
やがて朝が彼らに追いつくだろう。
少年は薄くなった星を見上げながら、足を止めることなく進んでいく。長く続く一本道に真っ直ぐな足跡を残し、次の場所へと旅を続けていった。
はい、続きません。
でもちょいちょい手直しすることになるかもです。
読んでいただき、ありがとうございました。
次ができたら、またあげさせていただこうかと思います。
誤字脱字など改善すべき点の指摘、その他感想などいただけたら嬉しいです。
ありがとうございました。