その⑮ 恩
「ポセット! あれ見て!」
ナットがポセットの肩に飛び乗り、前を指した。
人狼の周りを女の子達が取り囲み、心配そうに見ていた。
「やっぱりグルだったんだ!」
「でも、なんで?」
「それは、あの子達の正体を知れば納得できますよ」
ポセットは女の子達に近づいていった。気づいた女の子達は睨みながら向き直り、人狼をかばうように柵を作った。
「大丈夫、彼をこれ以上痛めつける気はないよ。話を聞いてくれ」
女の子達は警戒を解くことなく、こちらを睨み続ける。
「なら、これでどうだい?」
ポセットは鞄から、木の実を取り出した。昨日摂って、今晩食べる予定だったあの木の実。
「あ、それは……」
ミコとナットが、遙か後ろにそびえる大木を見た。
「そうさ、この木はこの森に山ほど生えている。目印はあの五枚の花びらが特徴的な、黄色い花」
女の子達は戸惑い始めたようだった。
「これは君たちが昨日くれた実でもある。君たちはそうやって森に来た人の前に、怪しく神秘的な人間の女の子の姿で現れ、木の実を渡すことで、森の奥に人が住んでいるかのように思わせ、人を森の奥へと誘っていたんだ」
「そんなの、なんのために?」
「もちろん、狼に食べさせるためにですよ」
「えぇ!」
「そうやって人を狼たちに捧げることで、恩を返していたんだ」
「恩って……何よ?」
「ここまで連れて来てもらった恩ですよ。言っていましたよね? 人狼は山の上に住む野獣だと」
「え、えぇ、言ったわ。図鑑にだって書いてあるわよ」
「そう、実際人狼は高い山に住む。高く険しい山の環境だったからこそ、二足での素早く機敏な動きと、大きな体が必要だったんだから。でも、この人狼は森にいる。なぜか?」
「なぜ?」
「たぶん、群れからはぐれたか、追い出されたんでしょう。幼い頃にね。そして、山から降り、知らぬ間にこの森へとたどり着いた。山からあるものを運んできたことにも気づくことなく」
「あるものって……?」
「この木の、種ですよ」
「え?」
ポセットは持っていた実をガブリとかじり、果肉を食べ終えた固い種を手のひらの上で転がした。
「恐らく、山を降りるときに口にしたのでしょう。この木の実をね。そして、この森に来て、排泄した」
険しい山とは違い、まったく種類の違う森の環境の中、この実に敵はいなかった。動物は食べられる実と食べられない実を短い命の中で見分けるすべを知る。それは親から子へと受け継がれていくわけだが、突然現れ、しかもそれ以外に同じ種類のなかったその木は、動物から相手にされることなく無事実を付けるまでに大きくなった。
「実は森の動物たちの新しい餌となり、森のあちこちに広く分布していった」
その最中、見たのだ。自分をこの楽園に連れてきてくれた人狼が、ウサギなどの小動物を食べてなんとか生きている様を。そして、自分の実に夢中になるあまり、背後の人狼に気づかず、食べられた小鳥を。
「これだと思ったんだろう。最初はきっと、実を沢山付けることで小動物達が集まり、それをそこの人狼が襲って食べて、成り立っていた」
しかし、やがて人狼大きくなり、ウサギやリスでは足りなくなった。
「それに、主に肉を食す狼はこの実を食べない。小動物がいなくなってしまっては、自分が広がることができなくなる。そこで、閃いた」
いつしか木の意志は人の形をつくり、夜な夜な人を森に誘うようになった。
「人を森に迷い込ませ、それを人狼に捧げる。人が来たことは森全体に広がった自分の同胞を通じて、花の匂いで伝える。人狼はより匂いの強い方へと向かえば、餌にありつける。まぁ、今回は人狼が従えた森の狼たちのほうが先にやって来たみたいだけど」
女の子達は無表情でただ聞いていた。人狼が起きる気配は全くない。
「僕を森から追い出そうとしたのは、機械なのが分かったからだろう? 食べられないものを捧げても、意味がないからね」
女の子たちは一斉にポセットを見て、歩み寄った。そして、一斉に言った。
「この子は、孤独だった。餌を採る術も知らぬまま、群れとはぐれ、空腹に耐えかねて、本能に逆らって私の実を口にした。私は枯れそうだった。最後の力を振り絞って実らせた最後の実が、この子に飲み込まれ、そしてこの子が行き着いたこの森で、私もこの子も命を長らえた。私は、私を生きさせてくれたこの子を守ってみせる」
女の子達は蛍のようないくつもの小さい光の粒になって、散り散りに舞った。驚く二人と一匹の目の前で、光は一つに集まって、一人の女の子になった。
女の子は泡を吹く人狼を慈愛のまなざしで見つめると、ポセット達に向き直って言った。
「でも、お前達は到底餌にはなりそうにない。人の作ったものが、人を守っているからだ。この子が寝ている今なら、安全に森を出て行ける。願わくば出て行って欲しい」
「もちろん、出て行かせてもらうよ」
も~ちょい。