その⑭ アクセル
「うぅ……」
ポセットはふらつき、その場に座り込んだ。深手を負った腹を押さえる。赤い染みは広がっていた。
「これは、出来れば……使いたくなかったんだけどね」
ポセットが元の表情に戻って、哀しそうな目で微笑んだ。体を抱え、小刻みに震える。
「何なの……、今の?」
とても人のものとは思えない動きだった。とても速かった。そして、最後の一撃に至っては、もはやどう言っていいのかわからない。
ナットがぼそぼそと説明し始めた。
「今のが、ポセットの本当の力だよ」
「本当のって……?」
「主に命の危機が迫ったとき、若しくは本人が自分の意志で体内のスイッチを入れることで発動する機能。〝アクセル〟ってポセットは呼んでる。自動車のアクセルみたいに何段階も力分けされてて、引き出す力が制御できる。使ったときは身体能力が飛躍的に向上して、意識も研ぎ澄まされて、まさに自動車をアクセル全開でかっ飛ばした時みたいにすごい力が出る。……らしいよ。前に言ってた」
「なにそれ、まるで機械みたいね……」
「それは……」
「?」
「あのね、実はポセットは――」
「僕がなんだって?」
そこまで言ったとき、ポセットが戻ってきた。腹を押さえ、擦りきれるような息をしていた。
「にゃん!」
ナットは急に慌て始めた。どうやら、言ってはいけないことだったらしい。なんとなく察したミコだったが、我慢できずに尋ねた。
「ねぇ、あなた、本当に人間なの?」
「はい……?」
「助けてもらっておいてなんだけど、あなたとても人とは思えないわ! 最後のなんて何よ? ものすごいパンチだったわ! 人狼を銃も使わないで退治するなんて、人の出来る事じゃないわよ! あなた、体格だって私と変わらないのに……」
「確かに……」
ポセットはゆっくりとミコに歩み寄った。
「え、な、何よ?」
「動かないでください」
ポセットは膝をついて、ミコを抱きしめた。ミコの頭がポセットの胸に収まる。
「きゃっ! な、何すんのよ……! ――え?」
ミコの耳に、信じがたい音が聞こえた。
「――うそ……」
一定のテンポを刻む心音。それ以外に、たくさんの雑音が聞こえる。何かが廻る音、噛み合って擦れ合う音。途切れることなく続く奇怪な音の連続。
「僕の体は、体のほとんどが機械になっています。さっきの怪力も、異常な跳躍力も、全てこの体に備えられた機能なんです」
ミコはしばらく、何も言えなかった。
「機械……ですって?」
「脳や内臓は違います。あと皮膚も。骨と一部の筋肉、関節が人工の物になっているんです。見た目には分からないでしょう? 裸になっても、人と同じですよ。外見はね」
「なんで……? 事故にでも?」
「いえ、わからないんです」
「そんな……。――あ、それで、記憶を……?」
「はい。なぜこんな体なのか、確かめたくて」
「そう……だったの……。で、でも、便利ね。今みたいに、狼だって倒せるんだもの」
「あまり……いい気分ではりませんけどね」
ポセットは上着を拾い上げ、軽く羽織った。
「大変じゃない? 機械の身体って」
「えぇ、まぁ。機械の体なのに、お腹はちゃんと減るし、トイレもします。動けば疲れるし、怪我をすればいたいし、血も出ます。ちゃんと寝ないと睡眠不足になりますしね」
ミコはくすっと笑った。
「機械の体なのに、随分人間くさいのね」
ミコはポセットの泥にまみれた腕をさすった。
「すごく軽くて、強い物で出来ています。たぶん金属だと思うんですけど、調べてみてもこれだと思える金属が見つかりません」
「そうなんだー。へぇ、君が機械とはねぇ……」
ポセットは寂しそうに目を細め、言った。
「あなたは、僕が怖くないんですか?」
「え?」
「僕は機械なんですよ? 今見たとおり、人狼だって素手で倒せる力が備わっている。どんな怪物より恐ろしい。――人じゃないんですよ?」
ミコは立ち上がって、動かせる右手だけでポセットを抱きしめた。ただ、ポセットの方が大きいので、ミコが抱きついた形になったが。
「怖くなんてないわよ。命の恩人だもの」
ポセットは安心したように顔を少しゆるめ、途端に泣き出しそうなほど脆く顔を崩して、顔を手で覆った。
「でも……。僕は時々怖くなるんです……。自分の体が、人とは違いすぎることに。それでいて、見た目がまるで人と同じなのが、怖いんです……。見つけ出そうとしている記憶が、本当に思いだして良いものなのかもわからない……」
ミコはやさしく笑みを浮かべ、ポセットの頬に手を添えた。
「こんなに温かくて、こんなに優しくて、こんなに頼りになる機械なんてないわよ。あなたはポセットくんでしょ? 機械はあなたにくっついているだけ。おまけよ」
ミコはポセットから離れて、おぶってと合図した。ポセットは戸惑いながらも、ゆっくりミコを背負った。
でも、崩れた。
「きゃあ! 何してるのよ! ――あれ?」
ポセットは本当に限界といったふうな顔をしていた。汗が滲み、腕が震え、それがミコにも伝わる。
「すいません、無理に機能を使うと……こうなるんです。体の方が耐えられないほど力を出してしまうらしくて……」
そんな彼に負ぶってもらうのは気がひけたが、しばらく深呼吸をすると、ポセットはすくっとミコを背負って立ち上がった。
「大丈夫なの?」
「心配いりません。もう大丈夫ですよ。体中痛いですけど。さぁ、森を出ましょう。化け物が寝てる間に」
「えぇ、そうね」
もうちょっと続きます。