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テイマー

作者: ティアナ
掲載日:2026/11/03

エヌ氏がこの世界に生まれ変わったとき、女神からさずかった力は「テイム」だった。


魔物を手なずけ、自分のしもべにする力である。前の世界で読んだ小説では、テイマーといえば、竜やフェンリルをしたがえて大活躍するものと決まっていた。


ところが、エヌ氏の力は、おそろしく弱かった。


森のウサギにも、野良犬にも、まったく通じない。冒険者組合の仲間たちは、エヌ氏を「はずれテイマー」と呼んで笑った。


ただひとつ、テイムできたのは、草むらで出会った小さなスライムだけだった。


  *


それは、こぶしほどの大きさの、すきとおった水色のスライムだった。


雨上がりの森の小道で、葉っぱのしずくを、ぷるぷると体でうけとめていた。エヌ氏がしゃがんで手をのばすと、スライムは逃げもせず、するりとエヌ氏の手のひらにのってきた。


ひんやりとして、やわらかかった。


そのとき、エヌ氏の頭の中で、小さな鈴のような音が鳴った。


『テイムに成功しました』


エヌ氏は、うれしくて、その場で声をあげて笑った。


  *


それからというもの、スライムはいつもエヌ氏の肩の上にいた。


朝は、エヌ氏のほおにくっついて起こしてくれた。食事のときは、パンくずをもらって、体の中でゆっくりとかした。夜は、枕もとで、月の光をすかして青白く光っていた。


エヌ氏は、スライムに話しかけるのがくせになった。


「今日は、どっちの森へ行こうか」


スライムは、返事のかわりに、体を少しだけ東へかたむけた。エヌ氏は、なんとなく東へ行った。すると、そこでかならず、いいことがあった。


  *


ふしぎなことが起こりはじめたのは、それから半年ほどたったころだった。


東の森で、エヌ氏は、けがをした大きな灰色の狼に出会った。おそろしい牙をむいていた。エヌ氏は逃げようとした。だが、肩の上のスライムが、ぷるんと一度ふるえた。


エヌ氏は、なぜか、手をのばしていた。


『テイムに成功しました』


狼は、おとなしく頭を下げた。そして、エヌ氏よりも先に、肩の上のスライムに鼻をすりよせた。


それからは、まるで力がはね上がったようだった。


山の大熊。湖の大蛇。谷の巨大な鷲。エヌ氏の手がふれると、どんな魔物も、まるで長年の友人のように身をすりよせてきた。そして、どの魔物も、まず最初に、肩の上の小さなスライムにあいさつをした。


組合の仲間たちは、もうエヌ氏を笑わなかった。


  *


二年目の春、エヌ氏は、北の火山にすむ黒い竜をテイムした。


三年目の夏には、魔王の城をたずねた。戦いには、ならなかった。魔王は、エヌ氏の肩の上のスライムを見るなり、玉座からおりて、うやうやしくひざまずいた。


エヌ氏のテイムは、とうとう人間にも通じるようになった。


最初は、意地悪な組合長だった。つぎは、税をしぼりとる領主。それから、王都の大臣たち。どの相手も、エヌ氏と会ったあとは、ふしぎなほどおだやかになり、エヌ氏の言うことに何でも賛成した。


四年目の秋には、国王がエヌ氏の前にひざまずいた。


国じゅうが平和になった。争いは消え、だれもがにこにこと暮らしていた。そして国じゅうのどの家にも、いつのまにか、小さな水色のスライムの置物がかざられるようになった。


  *


世界でいちばんの力を手に入れたエヌ氏は、ある晩、ひとりで王宮のバルコニーに立っていた。


ふと、思った。


自分は、いったい何がしたかったのだろう。


東へ行ったのも、狼に手をのばしたのも、竜をたずねたのも、魔王の城へ行ったのも。どれも、自分で決めたような気がする。けれど、思いかえしてみると、そのたびに、肩の上のスライムが、ぷるんとふるえていた。


エヌ氏は、王宮の宝物庫へ行った。そこには、どんな者の力でも読みとれるという、大きな鑑定の水晶が置いてあった。


エヌ氏は、水晶に手をあてた。自分の力を、たしかめてみたことは、一度もなかった。


水晶の中に、白い文字がうかびあがった。


『名前 エヌ』


『職業 テイマー』


その下に、もう一行あった。


『状態 テイム済み 主 スライム』


日付は、四年前の、雨上がりの日になっていた。


  *


エヌ氏は、しばらく水晶の前に立ちつくしていた。


肩の上で、水色のスライムが、ぷるんとふるえた。月の光をすかして、青白く光っていた。ひんやりとして、やわらかかった。


あの日、手をのばしたのは、自分のほうだったろうか。それとも。


エヌ氏は、スライムをそっとなでた。


ふしぎなことに、少しも、いやな気持ちにはならなかった。


それもまた、テイムされた者の、よく知られた特徴のひとつだった。


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