断罪の前に、議事録を三年分だけ読み上げてもよろしいですか
断罪の口上は七つに分かれていて、そのうち五つが「三年にわたり」で始まりました。
書記は、それも書き取ります。読み切り。
「――よって、そなたが三年にわたりこの評議会の議事を妨げてきたことは、もはや疑いようがない」
殿下の口上は、そこで四つ目の区切りに入りました。
わたくしは書き取っておりました。書記でございますので、議場では常に羽根ペンを持っております。三年、そういたしております。
口上は長うございました。全部で七つの区切りに分かれており、そのうち五つが「三年にわたり」で始まっております。同じ言い回しが五度出てまいりますと、書くほうは楽でございます。前の頁を見れば、書き写せますので。
わたくしは書きました。
――第百四十二回評議会。冒頭、王太子殿下より発言。書記エルフリーデ・ヴァルトハウゼンにつき、三年にわたる議事妨害の指摘。所要、半刻。
「エルフリーデ・ヴァルトハウゼン」
「はい」
「申し開きがあるなら聞こう」
殿下は、そこで言葉を止められました。わたくしがまだ手を動かしていたからでございます。
「……何をしている」
「記録しております」
「今、そなたを断じているのだが」
「はい。ですので記録しております」
議場が少しざわめきました。書記は議場で起きたことを書きます。誰が何を言ったかを書きます。断罪も議事でございますから、書かないわけにはまいりません。
書記の席は、議場のいちばん下、円卓の外の壁際にございます。諸侯の背中しか見えません。声は上から降ってきますので、誰が話しているかは声で聞き分けます。三年おりますと、咳払いの癖だけで名前がわかるようになります。
わたくしの手元には、羽根ペンが三本と、削り刀と、砂の壺がございます。羽根ペンが三本要りますのは、議論が長引くと先が潰れるからでございます。削り直しているあいだの発言を落としてはいけませんので、削る前に次の一本へ持ち替えます。持ち替えは音を立てずに行います。三年で身につきました。
「もう一度尋ねる。申し開きは」
「申し開きはございません」
殿下が眉を寄せられました。おそらく、ここで泣くか、あるいは食ってかかるかのどちらかだと思っていらしたのでしょう。
「ただ、断罪の前に、議事録を三年分だけ読み上げてもよろしいでしょうか」
「……三年分だと」
「読み上げますのは、中断の記録だけでございます。六十二件ございます。四半刻ほどで済みます」
殿下は、少しのあいだ黙っておられました。それから、片手を上げられました。許しの合図でございます。
わたくしは、足元の箱から三冊を取り出しました。重うございますので、いつも台車で運んでおります。
一冊が一年ぶんでございます。表紙は牛革で、背に年号を焼いてございます。三冊のうち、まんなかの一冊だけ背が擦れております。疫病の年でございまして、あの年は諸侯が入れ替わり立ち替わり参りましたので、開いた回数が多いのでございます。
紐を解くのに、少し手間取りました。革紐は湿気で締まります。議場は石造りで、夏でも冷えます。わたくしは膝の上で紐をほどきながら、諸侯の視線が集まっているのを感じておりました。書記の手元を見られるのは、三年で初めてでございます。
「第七回。予算案の審議中、議事中断。理由、議長席より休憩の提案。所要、半刻」
「第九回。同じく審議中、議事中断。理由、議長席より退席。所要、その日は再開せず」
「第十一回。中断。理由、議長席の欠席により定足数に不足」
わたくしは頁をめくりました。
「第十四回。中断。理由、議長席の欠席」
「第十五回。中断。理由、議長席の欠席」
「第十六回」
「――もうよい」
殿下の声が、少し急いでおりました。
「まだ十六回でございます。六十二件のうち、四十一件は同じ理由でございます」
わたくしは頁の端を揃えました。
「残る二十一件のうち、十四件は雪や嵐で、諸侯がお集まりになれなかったものでございます。五件は、王都の火事と疫病の年でございます。二件は、わたくしの父の葬儀と、その翌日でございます。この二日は、代理の書記が立っております。記録は残っております」
「エルフリーデ」
「はい」
「その、議長席というのは」
「議長席でございます」
わたくしは、それ以上申し上げませんでした。議事録には役職しか書きません。誰が座っていたかは、名簿のほうに書いてございます。名簿はこちらの箱の、二段目でございます。
殿下は名簿をお求めになりませんでした。
「……私は、そなたが議事を止めていると聞いた」
「はい」
「誰から聞いたかは、言えぬ」
「伺っておりません」
わたくしは羽根ペンを持ち直しました。
「ただ、一つだけ申し上げます。書記には発言権がございません。三年、わたくしは議場で一度も発言しておりません。六十二件の中断のうち、書記の発言によるものはゼロでございます」
議場が、ざわめきました。今度は、さきほどより長く続きました。
◆
殿下は、断罪をお続けになりませんでした。
代わりに、こう仰いました。
「……本日の議事は、これにて」
「殿下」
わたくしは羽根ペンを上げました。
「本日ぶんも、記録に残してよろしいでしょうか」
殿下がこちらを見られました。
「六十三件目の中断でございます。理由の欄には、何と書きましょう」
しばらく、誰も何も言いませんでした。
やがて殿下は、ご自分の席に戻られました。座られる音が、思ったよりも大きく響きました。
「……理由。議長の、確認不足」
わたくしは書きました。そのとおりに書きました。書記は、言われたとおりに書きます。
その日、評議会は再開されました。三年ぶりに、予算案の審議が最後まで進みました。終わったのは日が暮れてからでございます。
審議のあいだ、わたくしは書き続けました。橋の架け替えが二件、堤の補修が四件、南の街道の敷石が一件。どれも三年前から議題に載っていたものでございます。載っていたけれど、決まっておりませんでした。決まらないものは翌年へ繰り越されます。繰り越された議題は、頁の右上に小さく矢印を書く決まりでございます。
三年ぶんの矢印を数えたことがございます。二百十一ございました。あの矢印は、どこかの村の橋が三年落ちたままだという意味でございます。
その日、矢印は七つ消えました。消すときは、線を引くのではなく、その旨を新しく書きます。議事録は消すための帳面ではございませんので。
◆
議事録は、罰のための帳面ではございません。
次に議場へ入る誰かが、去年何が決まって何が決まらなかったかを知るための帳面でございます。ですからわたくしは、殿下が「確認不足」と仰った一行も、そのまま残しました。
あの一行があると、次の議長は、まず名簿を見るようになります。
書記には発言権がない、という決まりが芯にあります。
読んでくださって感謝します。
この「霜月りつ」名義では、声を荒げずに、記録だけで答える人たちの話を書いております。どれも一話で終わります。
・三年ぶんの炭の数で答えた話 『わたくしが何もしていないと仰るなら、この屋敷の炭は誰が数えたのでしょう』
https://ncode.syosetu.com/n3130mo/
・呼ばれ方が変わった日を数えていた話 『あなたがわたくしを「おい」と呼び始めた日を、全部書き留めております』
https://ncode.syosetu.com/n3127mo/
・「すぐ駆けつけた」を旅程表で検算した話 『「駆けつけた」と仰いますが、王都からここまでは馬で二日でございます』
https://ncode.syosetu.com/n3125mo/
・診断書に書かれていない一行を読んだ話 『妹君の診断書に、安静を要すとはどこにも書かれておりません』
https://ncode.syosetu.com/n3152mo/
・持参金の返還額を関税表どおりに計算した話 『持参金はお返しに及びません。関税表どおりに計算いたしますので』
https://ncode.syosetu.com/n3137mo/
・十年ぶんの働きを見積書にした話 『真実の愛に賛成いたします。こちらが十年分の見積書でございます』
https://ncode.syosetu.com/n3188mo/
・言い訳の日付を通行簿で確かめた話 『「急な仕事」と仰った日、街道は雪で閉じておりました』
https://ncode.syosetu.com/n3120mo/




