人形姫
――これは、あなたが知っているようで知らないおとぎ話。
ランプの精霊・ジンをお供に、料理修行の旅をしている木こりの娘・アンは、今回小さな街にやってきました。
ガラス細工やオルゴールなどの、職人のお店通りがあり、アンはあちこち覗きながら歩きます。
すると、いきなり雨が降ってきてアンは慌てて、ある人形のお店の前で雨宿りをしました。
ふと窓から、お店の中を覗いてアンは声をあげます。
「すっごーい! ジン、見て!」
ジンはランプから出て、一緒に店の中を覗きました。
「へえ。なかなかじゃないか」
ジンも感心したようです。
中には、優しい表情をした、本物の人くらいの大きさの、木でできた娘の人形があったのでした。
「可愛い子だね。木でできてるのは明らかなのに、何かすごい人間っぽい! それに、ちょっと寂しげな感じがするけど、とても優しい表情……」
「ウチの娘を気に入っていただけたかな?」
後ろから声をかけられ振り向くと、優しそうなおじいさんが傘を差して立っていました。
「しばらく、雨はやみそうにないよ。良ければ、中でゆっくりしていくといい」
「いいんですか!?」
「ああ。さっきの話、中でシーラに聞かせてあげておくれ」
「シーラ?」
「ワシの最高傑作で、娘のように思っているその人形だよ」
おじいさんはお店の戸を開け、アンを招き入れました。
「こんにちは、シーラ! お邪魔します」
アンは早速人形に近づきました。
おじいさんは、お茶を入れながら微笑みます。
「以前、この国の王子がシーラを見つけ、いたく気に入って、良い値で譲って欲しいと言ったんだよ。だけど、本当にシーラを娘のように思ってたから断ったんじゃ。すると王子は、毎日のように通ってきて……」
おじいさんは、少し悲しそうな顔になりました。
「……じゃが、最近は結婚相手を選ぶパーティーの準備とかで、パッタリと来なくなってしまってな。どことなく、シーラが寂しげな顔に見えるんじゃよ」
「シーラも、王子様好きだったのかな?」
アンの言葉に、おじいさんは複雑そうに笑っていました。
おじいさんは用事があるというので、また店を出て行きました。夜まで用事がかかるとのことで、雨がやむまでゆっくりしていてと良いとのことでした。
ジンはランプから出てきて、シーラをじっくり眺めます。
「これだけ見事な人形だと、心を持っててもおかしくないだろうな」
「この子だけじゃなく、どの人形にも愛情込められてるよ。でも、特にシーラは良い木材を使ってるみたいね。この辺じゃ、あまり見ない木みたい……」
「そう言えば、お前一応木こりの娘だったな」
ジンは一人うなずいてから、シーラをもう一度見つめます。
「……動かしてみようか」
「そんなことできるの?」
「俺も魔法使えるからな。ただ、あのケチなじいさんに制約かけられてて、ランプの持ち主のお願い以外は、人が喜ぶ魔法で、その人と同じ気持ちにならないと効果がないんだ。あと、同じ魔法は同じ人物にはかけられないし……」
「そんな制限あったんだ?」
「だから、魔法が掛かるかは、後はこの人形の気持ち次第だな」
ジンはシーラに手のひらを向けました。すると、シーラは光に包まれます。光が収まると、シーラはカタカタ動き出しました。
「あっ……」
シーラは瞬きすると、声を出しました。
「わっ、私…、本当に動いてるの?」
「やった、ジン! すごいよ!」
ジンは得意気に頷いてます。
「はじめまして、シーラ。私はアン。あなたとお話ししてみたかったの」
「はじめまして。あなた達の声は、ずっと聞いてました」
「本当!? シーラは何かやりたいことある?」
「私は……、私を作ってくれたお父さんの役に立ちたい!」
シーラはそう言ってホウキを持ち、床に落ちている木屑を掃いて掃除し始めました。
アンは目を細めて頷きます。
「……私も、お父さんや兄さんの役に立ちたくて、料理始めたんだよな。……そうだ! 私は雨宿りさせてもらったお礼に、おじいさんにご飯作ろう! ジン、留守番よろしく!」
「えっ、俺が留守番!?」
アンは、雨がやんだのを確認して、買い物に行きました。
帰ってきたおじいさんは驚きました。中は綺麗になっていて、温かいご飯があって、ランプの精がいて、オマケにシーラが動いているのです。
アンが説明すると、おじいさんは大変喜びました。
アンは四人分の食事の支度をします。
「あっ、私美味しいとかわからないのでいいです……」
「そう言わずに食べてみて。みんなで食べるのは、楽しいから」
「……はい」
シーラは、アンがよそってくれたスープを口に入れます。
「私、味覚がないので美味しいはわからないですが、何だか幸せな気持ちになります」
シーラは驚きながらそう言い、アンは満足そうに微笑んでいました。
シーラは窓から、外を見つめていました。目線の先には、この国のお城が見えます。
「シーラ、ダンスパーティーに行きたいかい?」
おじいさんは寂しそうに言いました。
「確か、今夜だったろう? 王子の結婚相手を探す、ダンスパーティーは……」
「……はい」
「行っておいで。今なら、まだ間に合うはずだ」
「でも……」
「シーラを着飾ってもらえないかい?」
おじいさんはアンとジンを見ます。二人はうなずきました。
「ありがとう、お父さん。お願いします、アンさん、ジンさん」
ジンは、シーラにドレスと馬車を用意しました。
シーラの付き人として、アンとランプに入ったジンはお城に行きました。
もうすでにパーティーは始まっていて、華やかな娘達でいっぱいでした。
「すごい華やかな娘達だな。こんな中に、木こりの娘なんか場違いだな。……それ以前に、お前は料理以外興味ないか」
ジンは嫌みを言うつもりでしたが、アンに効果ないことに気づきました。
「だね。そりゃあ、私だって綺麗なドレスとか憧れるけど、私は王子とかお金持ちじゃなく、私を認めてくれる人が良いわ」
アン達の会話を聞きながら、シーラは遠くで娘達に囲まれて困っている王子を見つめていました。とても近づけそうにありません。
すると、王子がこちらに気づき目を見開きました。
そして、王子はこちらに向かって来ようとします。シーラは夢みたいでした。
「何、あれ?」
「うわっ、人形?」
周囲の娘達からそんな声が聞こえ、シーラは固まりました。そして自分の体を改めて見直します。
「心があったって、私の体は人形なんだ……」
シーラはそう呟くと、手で顔を覆って、お城から走って出ていきました。
アンは驚いて、慌ててシーラを追いかけます。
人形のお店に戻ると、シーラは泣きそうな顔で言いました。
「本当にありがとうございました。私はもう充分です。ジンさん、私をただの人形に戻して下さい」
アンとおじいさんは驚きます。ジンは真面目な顔でシーラを見つめました。
「本当に、充分なのか?」
「はい。お父さん、私を作ってくれてありがとう」
「シーラ、王子のことは?」
「私、どんなにあの方を思ったところで、自分が人形であることには変わりありませんから……。でも、じっと見守ることができるから……」
「わかった。……人間にする力がなくてごめんな」
ジンが手を向けると、シーラはピタリと動かなくなりました。
その夜は、もう誰も喋りませんでした。
アン達は一晩泊めてもらいました。どことなく、おじいさんが寂しそうに見えたからです。
翌日の早朝、王子がお店に訪ねてきて、アン達は驚きました。
王子はおじいさんにすがるように言います。
「昨日の夜、彼女が……! シーラがパーティーに来ました! シーラは動いていました。どういうことなんですか!?」
「1日だけ、彼の魔法で動けるようにしてもらったんじゃよ」
おじいさんはジンを示します。王子は絶句しました。
「なぜ、1日だけ……」
「シーラ自身が人形に戻りたいと願ったんじゃよ。王子を想ったところで、自分は人形だからと……」
「そんな……」
王子は動かないシーラの手をとりました。
「初めて君を見た時、僕の心は疲れきっていた。そんな時、君の生きているような優しい微笑みを見て、元気が出たんだ。それから、いつ見ても温かい表情だけど、違う微笑みに見えて惹かれたんだ。ずっと、君と話してみたかったんだよ……」
王子は切なそうに言いました。皆、黙って見守ります。
すると、店の中が温かい光に満たされ、いつの間にか、見たことのない綺麗な女性が立っていました。
「女神様?」
「彼女の心、人としては充分です。あなた達の願い叶えましょう」
シーラの体が光に包まれました。そして、今度は木の体ではなく、柔らかい肌の……人間の体で動きました。
シーラは呆然と、女神を見つめます。
「あなたが、正しい行いをしていれば、人間でいられるでしょう」
女神はそう言うと、光と共に消えてしまいました。
シーラは目の前にいる王子を見つめました。
「私も……。何も語らぬ人形とわかりながら、毎日来てくれ、話かけてくれる、あなた様とお話ししたかったです」
「シーラ!」
シーラは微笑むと、そっと王子の手を握りました。
「夢のようだっ!!」
アンとジンは、こっそりと店を後にしました。
「まさか、女神様まで出てくるなんてね」
「ご都合主義……いや、なかなか幸運の持ち主なんだな」
「シーラは人形にしとくにはもったいないしね」
二人は頷きながら、次の国へ向かうのでした。
人形姫の後日談。
ある冬の日のこと。
「シーラ、何をしているんだい?」
城で暮らし始めたシーラが真剣に机に向かっていると、王子に声をかけられました。
「もう時期、クリスマスでしょう? お父さんに、プレゼントを作っているんです」
「人形かい?」
「はい! 私、家を出てしまったので、寂しくないように」
「でも、あのお店は人形屋さんなんでは?」
「あっ……。そうですよね。兄弟達がついてますよね」
シーラは少し恥ずかしそうにしました。王子は微笑みます。
「でも、大事な娘からの贈り物はなんでも嬉しいはず」
「はい……」
シーラは頷きますが、まだ少し落ち込んでる様子でした。
「いっそのこと、城で行われるクリスマスパーティーに招待するのは?」
「お父さん、そういう賑やかな場は好きじゃないから……」
「それなら、二人でお父さんのところに行ってこよう」
「ですが、パーティーは?」
「それは、すっぽかせば良いのです」
シーラは、目を丸くします。
「王子様がそういうなんて、少し意外です」
「そうかい? 私だって、より楽しい方に心動かされるさ」
王子はシーラを見つめました。シーラは目を細めて、嬉しそうに頷きました。
人形職人のおじいさんは、お城に行ったシーラへのクリスマスプレゼントととして、アクセサリーを作ってました。
シーラがいなくなって、少し寂しい日々。
そして、シーラのいたスペースに新たに、人間サイズの人形の男の子を置いていました。
目をキラキラ輝かせている表情の男の子。おじいさんは、彼を見て和んでいました。
いきなり店の戸が開いて、一人の少女が入ってきました。
「こんな素敵な瞳の子、見たことありません! 私は、隣の隣の国からお忍びできている姫です! どうか、あの子を譲っていただけないでしょうか?」
「まさか、また……?」
おじいさんは、シーラに会いに来た王子のことを思い出し、苦笑するのでした。




