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東国戦記女化伝  作者: 富野夷
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小貝川

 義長は小貝川沿いを走る。ユキが一緒である。

 歩兵の歩み。

 騎馬の駈ける速さ。

 多賀谷領までの実際の距離。

 自分の足で試している。多賀谷領の近くまでに至ればユキのみとなり、川縁の葦原を物ともせず音もなく走る。

 ユキは葦原から戻ると、潜めてある舟の数や場所を伝えた。それはほぼ義長が想定していた通りであった。

 義長はユキに向かって、にっこりと微笑み、ユキは前足を揃えて尾を振ったのである。

 早暁。

 義長は安高城に戻る。今はもう安高城の軍師の格である。義長の姿に城門が開く。ユキもそのまま中へと入る。城兵達とも、もう顔馴染みであった。

 義長もさすがに横になるが、その体は眠りに陥る訳ではなかったのである。その目は閉じられていても、何かを凝視している。やがて飛翔を始める。

 暗く深い闇の空。

 しかし、星々も輝いている。

 漆黒の闇と彼方の輝きの中を義長の体は飛行していく。耳元で風が鳴っている。

 眼下に眼差しを落とせば、即ち海原。

 大八洲。

 見詰める。その瞳が青く反射する気がする。それに掛かる白い雲。雲は僅かに渦を巻いている。

 そして緩やかながらも東の方角へと動き続けていた。

「明後日だな」

 自分の声に、義長は目を醒ます。

 陽はようよう高かった。すぐさま義長は迎撃の準備に取り掛かる。速さが鍵になる。

 戦となれば、煩雑な儀式が付き纏うのが未だ有る世の中である。

 神に祈らねばならない。

 そういった慣習に基づかないと不安なのだろう。神に祈り頼る。それが戦の士気になる。各人の士気がそんな事でも高揚するのなら、迷信であれ価値はあろうかと義長は思う。

 軍を発する為の方角を選ぶ。

 日時まで選ぶ。

 丸日というのである。それを行うのが兵道と呼ばれている。

 丸日取りは、

 正月一日〇二日〇三日〇四日●五日●六日●七日〇八日〇九日〇十日●十一日●十二日〇十三日〇十四日●十五日〇十六日〇十七日●十八日〇十九日〇二十日●廿一日●廿二日〇廿三日〇廿四日〇廿五日●廿六日●廿七日●廿八日〇廿九日〇晦日〇

 二月一日〇二日〇三日●四日●五日〇六日〇七日●八日〇九日●十日●十一日●十二日●十三日●十四日●十五日●十六日●十七日●十八日〇十九日〇廿日〇廿一日●廿二日●廿三日〇廿四日●廿五日〇廿六日〇廿七日●廿八日〇廿九日〇晦日〇

 三月一日●二日●三日〇四日〇五日●六日〇七日●八日●九日〇十日〇十一日〇十二日●十三日●十四日●十五日〇十六日〇十七日●十八日●十九日●二十日〇廿一日〇廿二日〇廿三日●廿四日●廿五日〇廿六日●廿七日〇廿八日〇廿九日●晦日●

 四月一日〇二日〇三日●四日〇五日●六日●七日〇八日〇九日〇十日●十一日●十二日●十三日〇十四日〇十五日●十六日●十七日●十八日〇十九日●二十日●廿一日●廿二日〇廿三日〇廿四日〇廿五日●廿六日●廿七日〇廿八日●廿九日〇晦日〇

 五月一日●二日〇三日●四日●五日〇六日〇七日〇八日●九日●十日●十一日〇十二日●十三日●十四日〇十五日●十六日●十七日〇十八日●十九日●二十日〇廿一日●廿二日●廿三日●廿四日〇廿五日〇廿六日〇廿七日●廿八日●廿九日〇晦日●

 六月一日●二日〇三日〇四日〇五日●六日●七日●八日〇九日●十日●十一日〇十二日●十三日〇十四日〇十五日〇十六日〇十七日〇十八日〇十九日●二十日〇廿一日●廿二日●廿三日〇廿四日●廿五日●廿六日●廿七日〇廿八日〇廿九日〇晦日●

 七月一日〇二日〇三日●四日●五日●六日〇七日●八日●九日〇十日●十一日〇十二日〇十三日〇十四日〇十五日●十六日●十七日〇十八日〇十九日〇二十日〇廿一日●廿二日〇廿三日●廿四日●廿五日〇廿六日●廿七日●廿八日●廿九日○晦日○

 八月一日●二日●三日●四日○五日●六日●七日○八日●九日〇十日〇十一日〇十二日〇十三日十四日●十五日●十六日●十七日●十八日●十九日〇二十日〇廿一日〇廿二日〇廿三日●廿四日〇廿五日〇廿六日●廿七日〇廿八日●廿九日●晦日●

 九月一日〇●二日●三日●四日〇五日●六日〇七日〇八日●九日〇十日●十一日●十二日●十三日〇十四日〇十五日〇十六日〇十七日〇十八日〇十九日●二十日●廿一日●廿二日〇廿三日〇廿四日〇廿五日〇廿六日●廿七日〇廿八日●廿九日●晦日〇

 十月一日〇二日●三日〇四日〇五日●六日〇七日〇八日〇九日〇十日●十一日●十二日●十三日〇十四日〇十五日〇十六日〇十七日〇十八日〇十九日●二十日●廿一日●廿二日〇廿三日〇廿四日〇廿五日〇廿六日●廿七日〇廿八日●廿九日●晦日〇

 十一月一日〇二日〇三日〇四日●五日●六日●七日〇八日〇九日〇十日●十一日●十二日〇十三日〇十四日●十五日〇十六日〇十七日●十八日〇十九日〇二十日●廿一日●廿二日〇廿三日〇廿四日〇廿五日〇廿六日●廿七日●廿八日〇廿九日〇晦日〇

 十二月一日●〇二日●三日●四日●五日〇六日〇七日〇八日●九日●十日〇十一日〇十二日●十三日〇十四日●十五日●十六日●十七日●十八日〇十九日●二十日〇廿一日〇廿二日●廿三日●廿四日〇廿五日〇廿六日〇廿七日●廿八日●廿九日●晦日〇

 という有り様である。

 呆れるほどだが、陰陽道というものに基づいているらしい。

 思うに正月を吉日と見立て、五日ぐらいになれば下がる。それで大晦日は〇だ。人の気分を反映している、それ位ではなかろうか。

 ところがあの武田信玄にしても、山本勘助より知らされ内緒ながらも用いていたらしい。そういう時代なのだ。

 義長は心には却下している。

 が、逆にその兵道なるものをこの場合は利用するのだ。

 兵道という奇、それが兵の気に反映される。

 ならば装うと義長。

 つまり、只の今まで通りの兵道家を演じて見せるのだ。

 兵が、戦に心地好く向かってくれれば、それで良しなのである。

 義長は、天空から既に雲の配置を確認している。天空からの目と、年頃の経験。この季節の、此の雲は西風を吹かせると知っている。  

 それを今は在り来たりの兵道としてしまって、構わない。

 岡見軍にも迎撃の船はあるが、その数はやはり多賀谷の半分にも満たない。とにかく速やかに、つまり吹くはずの風を逆に利するしかないのだ。

 隊列には、やはり拘らない。特に大将格は目立つような鎧具足を身に付けない。

 威風堂々を示しても、こういう戦の場合は意味がない。着陣してから徐にすればよいのである。それより干し肉を充分に用意し、それを食べさせ夜の冷たさを凌ぐ。寧ろそれこそが優先なのである。

 

 多賀谷政常は剣術を好む。その子重常にも、斎藤伝奇坊をして天流の剣術を仕込ませている。

 戦については頑固一徹。岡見攻めは旗を立てて隊列を組み正々堂々とばかり、本拠地の牛久の手前の女化に遠征した。

 流石に岡見も守りを固めるから、進軍は思いの儘なれども砦は奪えなかった。辺りに火を放ち被害を与えるぐらいに終わった。

 そもそもは湖沼多い下妻の多賀谷水軍。陸から押し渡っての牛久城制圧が簡単でなかった事を踏まえるしかない。

 次には、その支城の牛久沼西岸の安高城を奪って舟団の拠点としたいと考えた。そこからの舟の利に依っての急襲が良策であろう。

 しかしながら、この度の柳水軒義長という人物の登用で、少し様子見の状況に入った。何をしてくるか分からぬと思ったが、佐山久庵からの青二才という報告であった。

 攻めてみるか。

 そのような気持ちが生じたのである。

 この度の岡見攻めは夜襲という意表を突く考えもなくはなかった。しかし、その再戦では相手の力を認めたと我が兵に示してしまうかも知れない。

 故に再び、多賀谷政常は白昼の正々堂々、ただし舟戦で押し出すとの考えであった。

 しかしこの顛末は、柳水軒義長としては予見ほぼ可能という事だったのである。

 岡見軍、依って夜襲には備えない。

 干し肉を存分に食べさせて兵を休ませている。これが最も重要な作戦と義長は考えている。

 義長も、ぐっすりと眠る。英気を養うのだ。

 とは言え、ユキが葦原に居て気を配っている。もしも軍の大きな移動があれば、このユキが探知しないはずはないのだ。


 

 


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