第9話 チョロいのは過去の話
シガリア王立魔王討伐ギルド連盟──通称ギルド。
その豪華報酬を目当てに、世界中の冒険者が集う場所だ。
種族も文化も雑多で、昼夜問わず活気に満ちている。特に夜は、旅を終えた冒険者たちの笑い声で明かりが落ちることはない。
「へぇ〜! ここがギルドなのね!」
初めて観光地に来たみたいにキョロキョロと見回すエクレール。
「ここは君の国だぞ。視察くらいしなかったのか?」
「私は城に宅配されてくる料理を審査してただけだから〜」
……どれだけ怠けていたんだ。
本来、ギルドは異世界の“定番中の定番”。
なのに、この国では宅配サービスの窓口に成り下がっている。
ため息をついていると、エクレールが掲示板から紙を1枚引っ張った。
「はいコレ! 私が実際に使ってる“冒険者ランク評価表”よ!」
見せられた紙には、筆圧強めの達筆でこう書いてある。
⸻
■ 美食採点方式(エクレール式)
S級(神域級)
女王が涙を流しながら「おかわり」を要求。正座崩れ落ちアクションつき。
A級(精鋭級)
椅子から転げ落ちるレベルの感動。声が出ない。
B級(戦闘級)
頬が赤く染まり、無意識に“次の一口”が出てしまう。
C級(一般級)
「悪くはないわね」で終了。淡泊。
D級(補助級)
箸が止まる。“あっ…”と察する味。
E級(登録級)
「帰れ」の一言。料理として成立していない。
⸻
……評価基準が偏りすぎだろ。
「冒険者はお金を稼げる! 私は美味しいのを食べられる! Win-Winでしょ♪」
「いや普通こういうのは、討伐難度とか戦闘能力で決まるんじゃないのか」
「甘いわね。鮮度とレア度こそ命よ。私の満足度が昇格のすべて♪」
独断と偏見が世界を支配した例がここにある。
ギルド本来の役割を取り戻すには──
ギルド全体に“健康ルーティン”を導入するしかない。
もちろん、外部から来た俺が「今日から健康生活を」と主張しても誰も聞かない。
だからこそ、女王エクレール自身にも、冒険者と同じメニューをやってもらう必要がある。
そんなことを考えていると、ギルド内がざわつき始めた。
視線の先には、黒ずくめの三人組。
「おお! S級パーティ黒銀の饗宴・ノクターン・ガストロミーだ!」
「きゃー! ラヴィ様、サインちょうだい!」
人気ぶりがすごい。
男・女・ドワーフの三人組。
全員が黒服に白エプロンという逆に目立つ出で立ちだ。
細身の黒髪の男、赤髪のグラマラスなエルフ、そして石像のように動かないドワーフ。
真ん中の男──ラヴィが呟く。
「……あと62日熟成させるべきだった……」
「仕方ないじゃない、今回は急ぎだったし」と赤髪エルフ。
エルフがこちらを見つけ、麻袋をブンブン振った。
「うわ、陛下! 痩せすぎてて気づかなかったんだけど?!」
「ジルは相変わらずね。ラヴィもダリオも元気そうで何よりよ」
エクレールと三人は旧友のように和やかに話している。
そして──。
「今日の“獲物”は陛下には少しクセが強い。心してかかるんだ」
ラヴィが木箱を開けると、中には艶やかなオレンジ色のケーキ。
濃厚チーズケーキの表面に、甘いキャラメルソースが滴る。
……嫌な予感しかしない。
エクレールは一口ほおばった。
眉がピクリと動く。
「……砂糖の甘さね」
ギルド内がどよめく。
「ま、まさか一口で?」
「味覚が変わってる……?」
エクレールは落ち着いた声で続ける。
「昔の私なら、この甘さに溺れていたでしょう。でも今は分かる。舌に残るしつこい後味、人工的な香り……。食材の良さを殺してるわ」
ラヴィの表情がわずかに動く。
「ほう……」
「ただし——」
もう一口、ゆっくり味わう。
「でも、熟成チーズの香りとコクは見事。甘ささえ控えれば、S級に届いてたわ」
完璧な評論家の顔。
少し補足しておくか。
「オレンジ色はミモレット由来だな。熟成二年以上のハードタイプ。タンパク質も豊富だ」
「見ただけでっ?!」とジルが叫ぶ。
エクレールは続ける。
「今日から評価基準を変えるわ。甘さだけじゃない。食材の価値と、食べた時の“身体の反応”も含めて判断する」
ギルド内がざわつく。
「あの陛下が……?」
「昇格の基準が変わるのか……?」
ラヴィがジト目を向けた。
「甘いものさえ与えておけば良かったものを。どういうつもりだ?」
「糖質は身体を蝕むのよ。……彼のおかげで気づけたわ」
エクレールが俺を呼ぶ。
「青葉聖司だ。ギルドを変えるために来た」
ラヴィの瞳が鋭くなる。
「よそ者が……チョロい女王を手なずける気か」
「ちょっと!? 何で頷くのよ!?」
「いや……反射的に……」
チョロいかどうかはともかく、エクレールの成功体験は説得材料としては大きい。
俺は三人をまっすぐ見据えた。
「一ヶ月だけでいい。俺と同じ生活をしてみてくれ」
「ど、どういうことだ……?」
「ギルド、いや、この国に蔓延する糖質依存を改善し、甘味中心の昇格制度を改革する。そして……君たち自身の身体を変えてみせる」
ざわめきが広がる。
「警戒する気持ちは分かる。だから──俺もエクレールも、ここで皆と同じ生活をする。それなら納得できるだろう?」
エクレールが力強く頷く。
“黒銀の饗宴”の三人も顔を見合わせた。
「……まあ、陛下もいるなら」
「決まりだ。これから一ヶ月、よろしく頼む」
こうして、ギルドでの“健康ルーティン共同生活”が幕を開けたのだったーーー。
ここまで読んで下さりありがとうございます!
皆様の応援が、何よりの励みになります!
少しでも面白い、続きが気になると思っていただけたら、ぜひブックマークをお願いします!(広告下の☆をタップで簡単に登録できます)
また、読み進める途中でも構いませんので評価をしていただけると大変嬉しいです!
これからも、どうぞよろしくお願いします!




