第8話 食後のデザートは別腹ではない
エクレールのダイエットを引き受けてから、ちょうど一ヶ月。
王の間には、やけに上機嫌な鼻歌が響いていた。
「ふふ〜ん♪ 身体が軽いわ! 今なら禁断の大魔法も連発できそう♪」
「よく一ヶ月も続けたな。正直、三日で泣きついてくると思っていた」
「失礼ね? 言ったでしょ、私は有言実行がモットーだって。やるって決めたら、ちゃんとやる女よ」
最初の頃は、砂糖切れの禁断症状で半泣きになりながら文句を言っていたくせに。
……まあ、プライドの高さがいい方向に振れた結果だろう。
暴走すれば崖から落ちるが、制御できれば伸び代は大きい。
そういうタイプだ。
「セージ、改めて私の身体を解析してくれる?」
「いいだろう」
『体組織成分解析』を発動し、エクレールを見つめる。
⸻
エクレール・ド・シガリア(人間・女王・23歳)
•種族 :人間(高魔力体質)
•スリーサイズ:B88 / W59 / H88
•身長 :171cm
•体重 :55kg
•体脂肪率 :20%(適正範囲内)
•性格 :ズボラ/気まぐれ/自己愛強め/感情に忠実/プライド高い
•健康状態 :睡眠リズム安定/水分・栄養バランス良好/魔糖素蓄積は許容範囲内
•ルーティン適正:中程度(改善傾向)
•備考 :魔力量は依然高水準。BMI18.8で正常範囲。魔糖素代謝が改善し、魔力制御も安定傾向。
⸻
「うむ。魔糖素の異常蓄積はなし。体重も体脂肪率も、どれも健康的な水準に収まっている。優秀だな」
「やったぁーー!!」
エクレールはその場でくるくる回りながら喜びを爆発させる。
……まあ、気持ちは分かる。
「『体組織成分解析』を使わなくても分かるくらい肌も変わったぞ。艶も張りも見違えるほどだ」
「ほんと? セージ、ありがと!」
「礼を言うのは逆だ。ここまで変えたのは、君自身の努力だよ」
エクレールが無邪気に踊る姿は、ちょっと前までベッドの上でスイーツを貪っていた人物と同一人物とは思えない。
そんな様子を眺めていると、セラの声が脳内に届いた。
『あれだけ自分のルーティン命って言ってたセージが、女王のダイエットなんて引き受けるとはね〜。ちょっと意外だったよ』
「無期限の衣食住提供を提示されて断れる方がおかしいだろ。森の小屋は環境としては悪くなかったが、食材と寝具の質には課題が山積みだったからな」
『私はてっきり、あの子に惚れたのかと思ってたよ』
「男がみんなそうだと思うなよ」
沈黙。
「なんだその間は」
『……え、違うの?』
「違うわ!」
思わず声を荒げると、エクレールが不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの? 急に取り乱して」
「いや、なんでもない。それより国の方はどうする気だ? 女王として、今の状況を放置するわけにもいかないだろう」
「もちろんそこはちゃんと考えてるわ! 大丈夫、大丈夫!」
……不安しかない。
⸻
翌日。
夜会&糖質まみれ生活を推し進めてきたこれまでの王国方針を改めるため、エクレールは王族・貴族だけでなく一般市民まで広場に集合させ、演説を行った。
痩せた女王の姿に、最初こそ歓声が上がった。
だが内容を聞くにつれ、その声はブーイングへと変わっていく。
「ダメだったわ……」
城へ戻ってきたエクレールは、しょんぼり肩を落としていた。
まあ、そうなるだろう。
ずっと先頭に立って不摂生を煽ってきた張本人が、ある日突然「やっぱやめます」と宣言しても、脳みそが追いつかない。
「何が悪かったのかしら。私という成功例が目の前にあるのよ? これ以上の説得力、ないはずなのに」
エクレールの改心は立派だ。
だが、彼女の過剰な糖質依存が国全体にまで波及した結果、シガリア王国の依存度は相当なものになっている。
木の根っこどころか、地中深くまで糖質の根を張っている状態だ。
『甘いものって別腹だからね〜♪』
「それ、都市伝説だからな」
「えっ!? 違うの?!」
「胃袋はひとつだ。『別腹』ってのは、糖が欲しくて仕方ない脳が送る信号の結果だよ」
「そ、そんな……目覚めよ私の脳! あなたは神なのよ!」
自分の脳と会話し始めるあたり、発想としては間違っていない。
ーーしかし、エクレールに甘味を献上してきたギルドの存在も厄介だ。
本来ギルドとは、依頼を出す側の国家や個人と、クエストを受ける冒険者たちをつなぐ中立機関。
問題解決のために人材を集め、成果に応じて報酬を支払う――そんなシステムのはずだ。
シガリア王国はアスファレイア最大の国力を誇り、有事にはギルドに依頼して冒険者を“兵”として雇う。
それがまた国力維持にも繋がっていた……はずなのだが。
「今のギルド、ほぼ全部エクレールの“おやつ調達係”だからな」
魔王軍と停戦中とはいえ、その戦力差はじりじりと開いていると見ていい。
このまま糖質依存まっしぐらでは、遠くないうちに崩壊するだろう。
だからこそ――ギルドを“戻す”必要がある。
「うう……どうしたらいいの? こうなったら、いっそギルドを解体するしか……」
極端すぎる。
「待て。ギルド自体は悪くない。問題なのは“使い方”だ」
今のギルドは、女王の欲望を支えるために歪んだ形で運用されているだけ。
裏を返せば、“運用を変えれば”国全体の食と健康を一気に動かせるということだ。
「じゃあ、どう変えればいいのよ?」
国を変えるには、“入口”を押さえるのが一番手っ取り早い。
シガリアの場合、その入口は――ギルド。
「ギルドへ行こう」
「ギルドって、食材調達所でしょ?」
ワンマン女王あるあるだが、やはり把握していないか。
「今はそうなってるだけだ。だが仕組みさえ利用できれば、ここからいくらでも変えられる」
現に存在しているシステムをわざわざ壊す必要はない。
国民もエクレールへの好感度は高い。
なら、方向性を変えてやればいいだけだ。
「君が体験したように、ギルドを使う冒険者たちにも“変化”を体験してもらう。君の実績は、そのためのわかりやすい例だ」
「わ、分かったわ。私でよければ協力する。けど……本当にみんなの考えを変えられるの?」
「ああ。大丈夫だ」
俺は意識をセラへ向けた。
「セラ」
『な〜に?』
「アスファレイアの信仰先って、どこだ?」
『もちろん私たちの住む神界ダラハラ! シェア率100%の超優良ユーザーよ♪』
百分の百。
それはもはや独占という。
「一つ確認したい。セラは、その姿から元の女神の姿に戻れるのか?」
『余裕余裕。神界原則世界不干渉条約的にはグレーだけど、私の隠蔽魔法をフル活用すればバレないって♪』
条約名だけ妙にカタいくせに、中身は穴だらけだな。
しかも思いっきりバレてるし。
「つまり、女神バージョンにはいつでも戻れるんだな」
『当然! あら? もしかしてセージ、私の悩殺ボディが見たくなっちゃった?』
「それもあるが、別の確認だ」
『あるんだ?!』
上機嫌でふよふよしている寝そべりの白目に、人差し指を突きつける。
「楽しみにしていろ、セラ」
『へ……?』
セラが首を傾げるのを横目に、俺たちは城下町のギルドハウスへと向かった。
――シガリア王国の“入口”を、健康的に塗り替えるために。
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