第7話 何事も、気づいた時が始まりだ
川で汲んだ水を抱えて戻った俺たちは、迷わず厨房へ向かった。
「ねぇセージ、エクレールの部屋じゃないの?」
「その前に、ひと手間だ」
勢いよく扉を開けると、立派な髭と彫りの深い顔立ちの男が、誰もいない厨房で黙々と作業していた。
いかにも料理長、といった雰囲気だ。
「見ない顔だな。……お前が女王様に危害を加えたと噂の賊か?」
おい、どれだけ噂の回りが早いんだこの城。
「あ、あんたねぇ! セージは――」
慌てて寝そべりの顔を隠し、セラを抱え込む。
「人形が……しゃべっただと!?」
「今のは忘れてくれ。それより、厨房を借りるぞ」
返事を待たずに片手鍋を掴み、汲んできた水を火にかける。
セラが脳内で話しかけてくる。
『で、水を沸かしてどうするの?』
「成分を見たが、ミネラルが多すぎる。万全じゃない体にそのまま飲ませるのは危険だ」
沸騰した湯を少し冷まし、葉をひとつまみ投入する。
『あ、この匂い好き。すっきりする』
「ペパーミントだ。消化を助けてくれる。内臓がだいぶ疲れていたからな」
銀のグラスにハーブティーを注ぎ終えると、すぐに部屋へ戻った。
⸻
エクレールは、しょんぼりした瞳で窓の外を見つめていた。
「気分はどうだ?」
「まだぼーっとするわ。昨日は少しハメを外しすぎたのかしら……」
「無理が祟ったんだろうな」
「……あなた、何かしたんじゃないの?」
その目つき、元気じゃないか。
「君な。助けようとしてる相手にその態度はないだろう」
「え……?」
キョトンとした顔に、ミントティーを差し出す。
「いい香り……」
「ゆっくり飲め」
一口飲んだ瞬間、彼女の肩がふっと下がった。
「お腹が軽くなるような……頭がすっきりしていく……」
「ミントは脳もクリアにしてくれる。思考が霧から出る感覚だな」
色が淡く戻っていくエクレールを見ながら、俺は淡々と続けた。
「君の身体には、AGEsという老化物質が溜まりすぎていたんだ」
「ろ、老化物質……?」
「糖質を摂りすぎると、体内で余った糖とタンパク質が反応してAGEsができる。細胞を傷つけて炎症を引き起こし、肌のたるみやくすみの原因にもなる」
セラが脳内で突っ込む。
『終末糖化産物ってさ、名前だけ聞くと世界崩壊イベントみたいだよね』
……俺も初めて知ったとき思った。
「つまり君は、身体が発していたSOSをずっと無視していたわけだ」
窓に映る自分の姿を見て、エクレールの瞳が揺れる。
頬の丸み、くすんだ肌、吹き出物。
誰が見ても“疲れている”と分かる。
「……いつの間に、こんなに老け込んでいたのかしら」
「気づかないうちに糖質依存に傾き、身体は限界だったんだ」
涙がにじむエクレールを後にし、俺たちは部屋を出た。
⸻
廊下を歩きながら、気になっていたことをつぶやく。
「……にしても、依存度が少し異常だったな」
『魔糖素のせいじゃない? 血液みたいなものだし』
「かもな」
ふと、胸にモヤが残る。
(……あれ? 俺たち、何の用でシガレット城に来たんだ?)
「セージ、どうしたの?」
「なんか忘れてる気がするんだが――」
そのとき。
「ま、待ってくださいまし〜!!」
振り向くと、汗だくのエクレールが全力で走ってきていた。
「そんな慌ててどうしたんだ。走るとまた――」
「ハァッ……ハァッ……う、ウップ……」
ほら言わんこっちゃない。
「大丈夫か?」
「え、ええ……なんとか……」
深呼吸を繰り返し、彼女は勢いよく頭を上げた。
「ね、ねぇ!!」
「お、おう。急にどうした」
「もし……もしスイーツを止められたら、私はこの醜い身体を変えられるのかしら!?」
真正面から向けられる琥珀色の瞳。
「健康に早いも遅いもない。君が本気で変わりたいと思うなら、身体は応えてくれる」
その言葉にエクレールは胸に手を当て、大きく息を吸った。
そして――
「ねぇ、私のダイエットを指導してくれない?」
「それなら、より確実に――」
……ん?
「ちょっと待て。本気か?」
「もちろんよ! 私は有言実行なんだから!」
いやいや、異世界来て女王のダイエット指導って。
誰トクなんだこの展開。
……まあ、世界救済を拒否した時点で何言っても説得力ないが。
「それは別に構わないが、俺に何のメリットがある?」
「健康的な生活を送るための衣食住を―― 無期限・無償で提供するわ!」
沈黙が落ちる。
「あ……思い出した」
そう、俺がここに来た目的を。
あまりに豪快な提案に、脳内の何かがカチッと元に戻ったのだった。
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