第51話 善意が何かを壊すこともある
身体が、勝手に動いていた。
遠くでセラの叫ぶ声が聞こえた気がしたが、足は止まらない。
勢いのまま缶を開ける音が響く。
そのまま口へ運ばれかけた瞬間――俺は、シエルの腕を掴んでいた。
「やめるんだ」
「離してください! もはや我々が消費するしかないのです!」
必死に振りほどこうとするが、びくともしない。
……無駄に高いステータスが、こんなところで役に立つとは。
「こんなものを大量に摂取したら、身体が壊れる」
「よ、余計なお世話というものっ……!!」
あまりにも激しい抵抗に、思わず手を離した。
「うわっ?!」
よろめくシエルを、咄嗟に支える。
「君たちは何が目的なんだ? 世界を糖質依存にさせてまで、何をしたい?」
シエルは怪訝そうに眉をひそめ、俺を睨み返した。
「糖質依存? 何の話です?」
「俺の能力でAFDA製品の成分は分析済みだ。製造元もな。しらばっくれても無駄だぞ」
「私が授けた超絶激強スキルだからね!」
どこからともなく、ひょっこり現れたセラが仁王立ちする。
……空気、最悪。
「あなたが何を仰りたいのか分かりませんが、我々は偶然手にした神からの祝福を、この世界の皆にも味わっていただきたかっただけですよ。少し飲みやすくは改良しましたが」
「そうです。我々だけで独占するなんて、とんでもない」
「私は面白い研究ができそうだったから参加しただけだけど〜」
黒幕というのは、大抵こうして悪事を正当化する。
……どれだけのアニメを視聴してきたと思っている。
この程度の言い訳、見抜けないわけがない。
「その情報源、信頼度低くない?!」
「最近はそうでもないと思うぞ」
それはさておき。
ゴッドミクサーに手を加えた事実は、彼ら自身が認めている。
だが、どうにも引っかかる。
「……君たち、人工甘味料って知っているか?」
三人は顔を見合わせた。
「何ですか、その奇妙な名前は?」
やはり、知らない。
つまり――独自改良の結果、偶然それを生み出してしまったということだ。
「ここへ来る前にAFDAの工場に立ち寄った。君たちの拠点で間違いないな?」
「だ、誰の許可を得て工場に入ったのですか?!」
「そこの女神様のおわす神界だ」
神界という単語に、三人の顔が一斉に引きつる。
「ゴッドミクサーを基に、化学調味料を大量に加え加工したエナドリ。君たちはそれをドーパミクサーとして各国に流通させた。リアクタンス・ノートも一緒にな」
「ちゃんとペアラSSで動画も撮ってあるよ。今も絶賛配信中〜♪」
いつの間にか撮影セットを装備したセラが、映像を映し出す。
草原で釣竿を垂らすルーミス。
地平線を哀愁混じりに見つめるディアクローネ。
その後ろで寝転がり、あくびをしている主神アークトリアス。
こちらの視線に気づいたディアクローネが振り向いた。
胸元の「D」のピンが、きらりと光る。
『アスファレイアの動向はこちらでも把握しています。下手な隠蔽は逆効果ですよ』
……ちょっと目線、意識してないか?
「神界に目をつけられているとは……もはや抵抗の余地はありません……」
神々を前に、三人は完全に萎縮していた。
「さっすが、ディアちゃんが言うと威圧感あるね〜!」
ディアクローネは、くいっと眼鏡を押し上げる。
『セラ。こちらに戻った時、話があります』
「え〜、書類ならもう終わったじゃん〜」
ルーミスの青髪が、風に揺れた。
『誰とは言わんが、備品倉庫から在庫が垂れ流されていたからな』
……完全に筒抜けだ。
セラを見ると、顔面蒼白で汗が滴っていた。
「セ、セージはどうするの? 転生した人間も加担してるんだよ?」
躊躇なく売られた。
だが、フォーリンの提案に同意したのは俺自身だ。
「もともと俺が引き受けた仕事だ。セラは悪くない」
「セージ……」
ルーミスは背を向けたまま、淡々と言う。
『転生しようがしまいが、人間は神に抗えん。部下の不始末は上司の責任だ』
『言いたいことは、分かるな?』
長い青髪が、炎のように逆立つ。
凄まじい圧力に、全身が粟立った。
「ひっ……!!」
セラは完全に石像と化した。
衆目の中で上司に説教される女神。
……苦笑いしか浮かばない。
結局、今回もこの子が全部持っていったな。
色んな意味で。
AFDAの面々は、肩を落としていた。
「トーフ帝国に始まり、シガリアにも拒絶された。このままでは売り上げが……もうジャンクゾール一本で――」
「ギンジャーリ城の在庫はすべて処分させた」
「んなっ……?!」
三人の顎が、外れそうなほど開いた。
「商売は自由だ。でも、アスファレイアの依存状態は異常だった。放置すれば、世界全体が危うかったかもしれない」
「我々は……そんな危険なものを……」
「君たちの製品に救われた人がいるのも事実だ。ただ、長い目で見れば健康を損なう。健康は、失ってからじゃ遅いんだ」
沈黙。
やがて、三人は深く息を吐き、穏やかな笑みを浮かべた。
「……おっしゃる通りです。我々はただ、この世界に貢献したかった。それだけでした」
善意が、必ずしも正解とは限らない。
健康も同じだ。
良かれと思って無理をすれば、回復は遅れる。
「君たちの技術は無駄にならない。きっと別の活かし方がある」
その時、エクレールが一歩前に出た。
「それなら、私があなた達の技術を買うわ」
「え……?」
「この飲料も香水も、効果は本物よ。成分が問題なだけ。健康に役立つ物を作ると誓うなら、シガリアがAFDAと契約しましょう」
……大胆すぎる。
だが、この女王だからこそだ。
「我々を……許してくださるのですか?」
エクレールは髪をなびかせ、背を向ける。
「それは、これからのあなた達次第よ」
三人の顔が、一気に明るくなった。
「ありがとうございます!!!」
彼らは頭を下げ、工場へと駆け出していく。
「今回は、エクレールが全部解決したな」
「私が何よ」
「うわっ?!」
……さっき城門に入らなかったか?
「あははっ! なにそのバカ面!」
余計だ。
「転移魔法くらい使えるわよ」
「なるほど。納得」
「それより、声くらいかけなさいよ」
「君がAFDAと取り込み中だったんだろ」
「あはは。確かに!」
エクレールは固まったセラを覗き込む。
「この子、動かないわね」
「神界から圧をかけられてな。絶賛フリーズ中だ」
「女神も大変ねぇ」
彼女は俺の腕を掴んだ。
「さあ、城へ行きましょう! せっかくだし、ご馳走するわ!」
「お言葉に甘えよう。今日はチートデイだ」
「あら、即答?」
俺は麻紐でセラを縛り、そのまま引きずる。
「行こう」
「本当に物理的に動かないのね……」
こうして俺とエクレールは、久しぶりの会話に花を咲かせながら、シガレット城へ向かったのだった―――。
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