第50話 女王の英断と追い詰められた行商人
出店の並ぶ石畳。
消えたネオン。
それでも漂う、甘いスイーツの香り。
街並み自体は、初めて来たときと変わらない。
――だが、空気は別物だった。
「うわ、すごい人! この時間って、前はガラガラじゃなかった?」
「すっかり“昼の国”だな」
買い物袋を提げたカップル。
広場で軽く汗を流す老人たち。
笑い声が、明るい。
シガリアは――健康な国に生まれ変わっていた。
ぼんやり眺めていると、ひとつの流れが目に入る。
シガレット城へ向かう、人の列だ。
「……ん?」
背中にコツン、と衝撃。
「すみませーん!」
「大丈夫か?」
「はい! それより早くお城行こっ! エクレール様をこの目に焼き付けなきゃ!」
「あんた、エクレール様好きだもんね〜」
女の子たちは笑いながら走っていった。
それを見送ったセラが、くるっと振り返る。
「ねぇ、聞いた?」
「ああ。国民に好かれてるみたいだな」
「ちゃんと女王やってるんだね〜。えらいえらい」
……君も少し見習った方がいい。
エクレールは、変わると決めたら先頭に立つタイプだ。
あの自信過剰さすら、今は“王の器”に見える。
――それにしても。
城へ向かう列が異様に長い。
イベントでもあるのか?
すると、中年の男が声をかけてきた。
「兄ちゃんたちも城へ行くのかい?」
「城で何かあったのか?」
「俺も詳しくは知らねぇがよ。なんでも、城に来た三人組の行商人とエクレール様が喧嘩したらしくてな」
野次馬の列か。
厄介ごとは避けたい――と言いたいところだが。
「うわ〜面白そう! 行こ行こ!」
「君はそういうの好きだな」
「人生はエンタメでしょ♪」
……この女神、娯楽に飢えすぎだ。
とはいえ、俺たちもエクレールに会うつもりだった。
そして、AFDAの三人も探していたところだ。
都合はいい。
「様子を見に行こう」
「やったぁ!」
せっかく立て直した国が、また毒されるのはごめんだ。
俺たちは人の流れに乗り、シガレット城へ向かった。
⸻
シガレット城・城門。
人垣をかき分け、最前列へ抜ける。
――そこだけ、空気が冷えたように重い。
AFDAの三人。
その前に、仁王立ちのエクレール。
背後には段ボール箱の山。
ラベルには、見覚えのある文字が踊る。
《ドーパミクサー》
《リアクタンス・ノート》
……やはり来たか。
七三分けの男――グレイが、朗々と語る。
「いかがでしょう。このドーパミクサーがあれば、この国はさらに豊かになります」
「……」
エクレールは黙って聞いている。
瞳も閉じたまま。
次に、白衣にゴーグルの女――フェリンが小瓶を掲げた。
「この花香は感覚の感度を上げ、容易に集中状態へ導くわ。結果、人は成果を出しやすくなる」
「………」
それでも、エクレールは言葉を発さない。
最後に、青いメッシュの前髪を持つ男――シエルが一歩前へ。
「我々の製品を導入すれば、シガリアの発展は約束される。我々は、我々の製品でこの世界を平和にしたい」
薄い瞳が、きらりと光る。
沈黙。
そして――
風が吹いた。
金色のローブが揺れ、チョコブラウンの巻き髪がふわりと舞う。
琥珀の瞳が、ゆっくりと三人を射抜いた。
「……とても魅力的な製品ね」
エクレールが微笑む。
「思想も、実行力も。素晴らしいわ。ギルドに加えたいくらい」
シエルが前髪をかき上げる。
「我々、Asphaleia Food Distribution Authority。通称AFDAは、“誰もが平等に平和を享受できる世界”を目指し活動しています」
発音がやたらいい。
セラがやれやれと肩をすくめた。
「また呪文出た〜。長すぎ」
「まあ、今回はいい勝負だな」
「何と?」
「君の名前と」
「……っ!」
スネに、つま先が突き刺さった。痛い。
シエルは満足げに頷く。
「では、女王のお気に召したようですので、納入の話に――」
俺は一歩踏み出しかけた。
(まずい。止めないと――)
だが、その前に。
「……買わないわ」
静かな声が、城門に響いた。
空気が一瞬で張り詰める。
シエルの眉間に皺が寄った。
「今、なんと?」
「聞こえなかったかしら?」
エクレールは涼しい顔で、髪を靡かせる。
「この国には必要ないと言ったのよ」
三人の額に汗が滲む。
グレイが焦りを隠せず言う。
「以前のあなたなら喜んで応じたはずです! どこが気に入らないのですか!」
「そ、そうよ! 前はもっと食いつき良かったじゃない!」
フェリンも食い下がる。
だがエクレールは、首を横に振り続けた。
痺れを切らしたシエルが、息を整える。
「……何があなたを変えたのです?」
そして唐突に、エクレールの顔を覗き込んだ。
「……待ってください。そんなに痩せていましたか?」
「い、言われてみれば……」
「気づかなかったわ」
三人が狼狽える。
エクレールの頬が、赤く染まる。
「気づきなさいよ! どう見ても絶世の美女でしょ!!」
……性格は変わってないらしい。
エクレールは咳払いひとつ。
「こほん。とにかく――シガリアはもう、以前ほど糖質もスイーツも求めていない。私たちは生まれ変わったのよ」
「もう、人工甘味料も依存物も必要ない。この世で最も価値のあるモノを見つけられたから」
その言葉に、野次馬――いや、国民が沸いた。
歓声が地面を揺らす。
AFDA三人の表情が、見る見る崩れていく。
逃げ場がない。
ここで引き下がるしか――
シエルが、ゆっくり両手を上げた。
「……どうやら、ここまでのようです」
次の瞬間。
三人は焦ったように段ボールを開け放つ。
「かくなる上は――!!」
「なっ――!」
グレイが、ドーパミクサーを一気飲みした。
フェリンも。
シエルも。
その場の空気が、凍りつく。
誰もが息を呑んだ。
――追い詰められた行商人が選んだのは、撤退でも降伏でもなく。
“暴走”だった。
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