第49話 誰がために守る
快晴の蒼空。
太陽がきらりと光り、風が芝の匂いを運んでくる。
遠くで動家畜の鳴き声。
見渡す限り、大草原。
――こういう田舎風景は、妙に落ち着く。
「とーう!!」
落ち着きという概念を粉砕する声が響いた。
振り向けば、青々と茂る芝の上に――
いつの間にか巨大なシートが敷かれている。
「……何をしてるんだ」
「え? そろそろランチの時間かな〜って♪」
二本の水筒。
高級そうな重箱。
果物の入ったバスケットまで。
「準備がいいな」
「私はね、思うわけよ」
セラは腕を組み、やたら神妙に語り出す。
「遠足の主役は、ご飯にあり」
「それは……まあ、一番の楽しみだったな」
「でしょー? 人間の趣向を的確に捉える私、やっぱ天才♪」
天才の用途がピンポイントすぎる。
とはいえ、工場を出てからだいぶ歩いた。
小休止にはちょうどいい。
セラが、ちょいちょいと手招きする。
やれやれ。
靴を脱ぎ、隣に腰を下ろした。
「分かってるわね。私の隣に座らなかったら世界を滅ぼしてたところよ♪」
無意識の判断が世界の命運を握っていた。
「じゃじゃ〜ん! 見よ!」
重箱の蓋が開く。
エビ。ローストビーフ。黒豆。
伊達巻。
彩りの暴力。
高級レストランも顔負けの仕上がり――
「……うまい。特にこの伊達巻、甘くて」
「でしょ♪」
……ん?
「なんでおせちなんだ」
「え? なんとなく。カラフルで美味しそうだったから」
「動機が軽い」
セラが胸を張る。
「G-tubeの広告で流れてきたやつ! ついポチっちゃった♪」
「手作りじゃないのか」
「私に“可愛さ以外”を期待されてもね〜♪」
全てを無に帰す一言。
感情の乱高下が、血糖値より激しい。
まあいい。
うまいから許す。
――そして、食べ終わった直後。
「……何してるの?」
「ジャンピングスクワットだ。食後にやると血糖値上昇を抑えられる」
セラの目が、すーっと白くなった。
四十八、四十九、五十。
「ふぅ。いい運動だ」
「それはよかったね(棒)」
露骨すぎる。
「エクレール、元気かな〜。しらたまみたいに糖質避けまくってたりして」
「彼女なら大丈夫だと思うぞ。糖質制限の危険性も伝えてある」
「へぇ〜?」
セラが悪代官みたいな目で覗き込んでくる。
「ずいぶん信頼してるんだね〜? 最初のフォロワーだから?」
「俺がやらかした失敗を、彼女にさせる必要はないだけだ」
セラが、ふっと柔らかく笑った。
「そういうとこ、ポイント高いよ♪」
「そりゃ光栄だ」
片付けは、ゲートに投げ込むだけ。
シートも重箱も、ポイ。
便利すぎて、もはや日常だ。
「それ、いつの間にか常用になったのか」
「便利だからね〜。いちいち神界に戻るのも面倒だし」
神界原則世界不干渉条約は、もはや空気となっていた。
神界の連中も普通に絡んでくるし、セラも咎められている気配はない。
まあ、俺は健康ルーティンを回してるだけだ。
被害はない――はず。
ただ。
セラは、これでいいのだろうか。
「はぁ〜……」
重く深いため息。
「魔王討伐しなくてもいい世界だったし、再生数も爆伸びしてるわけでもないし〜」
「Aランクに戻れない、ってやつか」
「そう! 夢のまた夢だよぉ〜」
「なら他の異世界を担当すればいい。もっと分かりやすいノルマの」
「それじゃセージと会う時間がなくなっちゃうじゃん!」
指を突きつけられる。
「アスファレイアで役目が薄いなら、別の仕事を取ってくるしかないだろ」
「いーやーだー! 私はもっとセージといたいの!」
……ドキッ。
「またそうやって人間をたぶらかす言い方を――」
「だって! あなたの魂、私が見つけたんだよ! 今まで見た中でいちばん綺麗だったんだよ! 手放したくないじゃん!」
「真っ黒だったんじゃないのか?」
「そりゃどす黒かったよ!」
即答するな。地味に刺さる。
セラは続けた。
今度は少しだけ、声が落ち着いている。
「……でもね。中身は信じられないくらい清らかだった」
「セラ……」
「私が守らないとって思ったんだよ」
一瞬、風の音だけが残る。
――と思ったら。
「この魂を救済すれば、きっと汚名返上できるって」
「本音が漏れたぞ」
セラが目を泳がせる。
とはいえ。
異世界に放り込まれて、誰も知らない世界で。
話し相手が絶えなかったのは、正直助かった。
今では俺も、彼女がAに返り咲くことを少し願っている。
何かを成すには、地位と名誉が必要だ。
……彼女の滲み出る気高さと、生真面目さは本物。
きっと本当に、セラは高貴な血筋で――元Aランク女神だったんだ。
「何回もそう言ってるよね!?」
涙でぐしゃぐしゃになりながら、しがみつくセラ。
「冗談だ。シガリアに着いたらスイーツ奢るから」
「雑っ! 乙女の扱いが雑っ!」
よだれ垂れてるぞ。
「……セラ。一つ聞きたいんだが」
「何にしよっかなぁ〜。どれくらい食べよっかなぁ〜。グフフ」
聞いてない。
確信のない話はやめておくか。
変に期待させるのもよくない。
「食べ過ぎたらHIITだけじゃ済まさないからな」
「これ以上の地獄があるの!?」
俺は答えず、微笑むだけにした。
セラの顔色がみるみる青ざめる。
「た、食べ過ぎなきゃいいんでしょ!? 女神の自己コントロールを甘く見ないことね!」
「コントロールできてるところ、見たことないが」
「ぐぬぬ!」
そんな馬鹿な会話を続けていると――
遠くに、巨大な城が見えてきた。
茶色と金色の装飾。
そして、風に混じる甘い香り。
焼いた果物の匂いが、鼻先をくすぐる。
――シガレット城。
導かれるように、俺たちの足取りは自然と速くなっていった。
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