第43話 桜色の想いと怪しい雲行き
「……最近、朝がつらくないんです」
畑へ向かう小道で、シラユキがぽつりと呟いた。
指先をぎゅっと握りしめている。まるで、その言葉がこぼれてしまわないように。
「前は……目が覚めても頭が重くて。起きるだけで一仕事でしたのに……」
「今はどうだ?」
「不思議です。目を開けた瞬間から、体が動くんです」
それだけで十分だ。
睡眠の質が改善している証拠――そして、体が回り始めた証でもある。
シラユキは小さく切った穀物菓子をつまみ上げた。
少し前なら、触れることすらためらっていたはずのものを。
「自分でも信じられません。まさか進んでこのような糖質を摂るなんて……」
照れたように笑う。
その肌は艶を取り戻し、目の奥にも力が戻ってきていた。
とはいえ、生まれつき体が弱い彼女にHIITのような激しい運動は逆効果だ。
そこで俺たちは、畑の様子を見るという名目で――毎朝の散歩を日課にした。
最初は数分で息が上がっていたのに、
今では会話をしながら畑を一周できる。
陽を受けた頬が、ほんのり桜色に染まっている。
風に揺れる白銀の髪まで、どこか柔らかい。
帝国を囲うように広がる畑には、色鮮やかな野菜が並んでいた。
シラユキは爽やかな表情で見渡し――ふいに真っ赤なパプリカを手に取る。
「野菜さえ摂っていれば、それでいいと思っていました」
「糖質の摂り過ぎが危険なのは……私の能力で、母やシガリアを見て分かっていましたから」
ユキナはともかく、シガリアは極端だった。
“美食”という名の暴走列車みたいなものだ。
「俺も昔、糖質を敵視しすぎて完全に断ったことがある」
「……え?」
「ひどい有様だったよ。月に一度は倒れてた。旅行先で倒れたこともある」
「まぁ……!」
「それから少しずつ穀物から糖質を摂るようにしたら、倒れなくなった。今思えば、極度の低血糖だったと思う」
シラユキが心配そうに眉を寄せる。
「お医者様は、なんて仰ったのですか?」
……ふっ。
その質問を待っていた。
俺は腕を組み、堂々と答える。
「病院には行っていない」
「…………」
冷たい風が吹き抜けた気がした。
隣でセラが目を丸くする。
「セージってさ、意味わかんないところで意固地だよね」
「大きな病気だったら怖いだろ」
「原因不明のままの方が怖くない?!」
真顔のツッコミが痛い。
シラユキはというと、怒るでもなく――ただ苦笑いを浮かべていた。
それが余計に刺さる。
「……こほん」
俺は咳払いで誤魔化し、話を戻す。
「だから、糖質を避けたがる君の気持ちは分かる」
「でも健康において大事なのは拒絶じゃない。どう取り入れるかだ」
「どうしたらもっと良くなるか、自分なりに考えて、試していく」
「自分なりに……考えながら……」
「そうだ。健康に普遍の答えなんてない。いつだって手探りだ」
……まるで自分に言い聞かせているみたいだな。
「まあ、そのせいでたまに道を踏み外すけどな」
「……ふふ」
シラユキは指輪を見つめた。
右手薬指が、綺麗な桜色に輝いている。
「私は、いつの間にかこの力に頼りっきりで……本当に大切なことを忘れていたのかもしれませんね」
「その指輪、もっと白くなかったか?」
「この白環は、私の血糖状態を色で判別するのです」
シラユキは恥ずかしそうに微笑んだ。
「名前のせいで……白ければ白いほど良いと思っていました。全然使いこなせていませんでしたね」
「きっと、その桜色が本来の姿なんだろうな」
ふと思い出し、俺は彼女の顔を覗き込む。
「そういえば……ずっと灰色だった君の目も、桜色のままだ」
感情が揺れた時だけピンクに変わっていた。
今は“普段から”桜色だ。――つまり、それだけ安定している。
……羨ましい。
目の色が変わるとか、中二心をくすぐる。
「あ、あの……」
「どうした?」
「……近いです」
頬を真っ赤にして視線を逸らす。
俺は慌てて身を引いた。
「おっと、すまない」
その瞬間――
食材管理長:『きゃぁ〜! 歳の差ステキだね〜!』
音楽管理長:『こうして、二人のビートは重なる…』
備蓄倉庫管理長:『たまにはラブロマンス系もいいね』
「……おい、ペアラSSが勝手に起動して……」
「いいぞ〜いいぞ〜。そのままぶちゅっと。グヒヒ……」
セラがヨダレを垂らして画面に食い入っていた。
……中年の悪役か。
「はっ?! しまった! つい集中してしまった!」
「集中する方向が間違ってる」
「そ、そろそろ宮殿へ戻りましょう」
「え〜! 恥ずかしがっちゃって〜! しらたまも可愛いとこあるじゃん♪」
「どうしてあなたが嬉しそうなんですか?! あと、しらたまって呼ばないでって言っているでしょう!!」
この二人、不思議な距離感だ。
特に女神の考えていることは分からない。
二人の背中を見送っていると――放置されたペアラSSがふわりと宙に浮いた。
そして例のごとく、虹色の画面が目の前に展開される。
緑色の髪を束ね、白衣を着た中性的な神。
目に活力がなく、どこか疲れている。
足元の表示は――『備蓄倉庫管理長』。
その神はきょろきょろと周囲を確認し、画面に顔を近づけてきた。
『セージくん、いま一人かい?』
声は柔らかく、女性らしい。女神だ。
『おっと失礼。うちはフォーリンだ。よろしく』
「あ、ああ……」
フォーリンはパンっと手を合わせた。
『君に頼みたいことがあるんだけど、いいかな?』
「世界を救えとか、そういう話じゃなければ」
彼女はさらに顔を寄せる。
嫌な予感ーーー。
『ちょっとボランティアに協力して欲しいんだけど』
「……え?」
思いがけない申し出に、俺はしばらく――呆然と立ち尽くしていた。
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