第38話 悪者にされがちな成分
雪で彫り上げた彫刻のような宮殿だった。
壁も、床も、天井も、徹底的に白。
差し色のように配置された植物の緑だけが浮き上がり、
一歩踏み出すたび、平衡感覚が狂いそうになる。
――白楼宮。
名は、ただの飾りじゃない。
ここは“白”という思想そのものだ。
駆けつけた侍女たちに支えられ、
シラユキは静かに自室へ運ばれていった。
ベッドに横たえられた彼女は、
まるで眠っているかのように静かだった。
「今回は、比較的軽い症状です」
「……定期的に、こうなるのか」
「はい。陛下は貧血気味で、よく体調を崩されます」
“比較的軽い”。
その言葉が、やけに引っかかった。
軽いなら、なぜここまで衰弱する?
解析結果は、すでに答えを出している。
慢性低血糖。
鉄不足。
自律神経の緊張過多。
だが、それだけじゃない。
ふと気づく。
侍女たちの顔色も、決して良いとは言えなかった。
覇気がない。
疲労が抜けていない。
「……少し待ってくれ」
部屋を出ようとした侍女を呼び止める。
「塩を、ひとつまみ入れた水を用意してくれないか」
「塩……ですか?」
戸惑いの表情。
“電解質”と言っても伝わらないだろう。
ここでは、ただの塩水だ。
しばらくして運ばれてきた水を、
俺はシラユキの唇にそっと近づけた。
「少しずつでいい」
彼女は、小さく頷く。
水を飲むにつれ、
乱れていた呼吸が、ゆっくりと落ち着いていった。
「……ご迷惑を」
「失礼する」
枕を高くし、頭を支える。
現代では、糖質は悪者にされがちだ。
高血糖、肥満、依存。
だが――
低血糖もまた、同じくらい危険だ。
「これも一緒に」
白い、小さな飴玉を差し出す。
「……これは?」
「魔糖素を補う成分だ。少しは楽になる」
彼女は、迷いながらそれを口に含んだ。
――次の瞬間。
右薬指の白い指輪が、
血を吸ったように赤く染まった。
「……糖質っ!?」
吐き出された飴玉が、床を転がる。
シラユキの瞳も、
燃えるように真っ赤に染まっていた。
「私を……殺す気ですか?」
その声には、怒りよりも恐怖があった。
「落ち着いてくれ。君の体は枯渇している。このままでは――」
「騙されません」
きっぱりと遮られる。
「糖質は、人を依存させる悪魔の食べ物です」
「必要な栄養だ。断てばいいものじゃない」
「……母のようにはなりません」
テコでも動きそうにない。
だがーー、
「健康は、極端にやれば毒になる。バランスが――」
――カンッ。
グラスが、俺の頬をかすめて床に落ちた。
乾いた音が、部屋に響く。
「二度と……変なものを食べさせないでください」
「シラユキ」
「出て行って!!」
その目は、
追い詰められた獣のそれだった。
俺たちは、何も言えず部屋を出た。
情緒不安定。
それもまた、低血糖の症状だ。
感情の乱高下は、
それ自体が心身を削る。
放っておけば、
確実に悪循環へ落ちていく。
「……困ったな。あそこまで頑なに拒むとは」
「しらたまも変わってるよね。女の子は普通、甘いものがないと生きていけないんだよ」
それは、かなり雑な一般化だ。
「……過去に、何かあったんだろう」
“母のようにはならない”。
その言葉が、
胸に刺さって抜けない。
そのとき――
広い通路の奥で、
車椅子の女性と三人組が話しているのが目に入った。
白装束。
白銀の髪。
シラユキと、よく似ている。
そして、三人組。
――AFDA。
黒い缶を手にした男が、
穏やかな笑みで説明している。
だが、女性は首を横に振った。
「……頑なですね」
「ちっ。見かけによらず」
「まあ、放っておいても消えそうな国だし?」
低い声で言い捨て、
彼らは宮殿を後にした。
「私だったらOKしちゃうかも」
「君は、サードパーソンセルフトークを鍛えた方がいい」
「なにそれ、古代魔法?」
説明すると、
セラはぱっと表情を明るくした。
「なるほど! つまり、もう一人のボクだね!」
「……最初からそう言えばよかった」
「フフフ。私の中には、たくさん私がいるんだよ?」
「それはそれで怖い」
そのとき。
「――どちら様かしら?」
車椅子の女性が、
ひまわりのような笑顔でこちらを見た。
灰色の瞳。
やわらかい声。
……母さんに、似ている。
車椅子に乗る姿も。
動かない半身も。
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
「私はユキナ。先代の皇帝よ」
その温かさが、
逆に、心を重くした。
俺は――
言葉が、出なかった。
白い廊下に、
静かな不安だけが残っていた。
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