第37話 白霞の皇帝
ただ、そこに立っているだけ。
それなのに、どうしてか目を離せなかった。
彼女の儚さゆえか。
それとも、弱々しく繊細な気配が、放っておけないからなのか。
……おっと。
皇帝に名乗らせておいて、こちらが名乗らないのは失礼だな。
「申し遅れた。俺は青葉聖司。この世界に転生させられた人間だ」
そう告げた瞬間――
シラユキは、迷いなく一歩踏み込み、俺の顔を覗き込んできた。
灰色の瞳が、間近で揺れる。
切なさを帯びたその瞳が、きらきらと瞬いた。
「GI値40。素晴らしいですね」
……は?
今朝の食事の話か?
それとも、理想の一日の数値?
分からない。まったく分からない。
そこへ、さっきまでカリフラワーに土下座していたセラが、妙に得意げな顔で割り込んできた。
「はいはーい! GI値はね、血糖値の上がりやすさを示す指標なんだよ!」
……ドヤるほどのことでもない。
シラユキは、セラを一瞥し、淡々と言い放つ。
「GI値85。人工的な糖素が複雑に重なった反応です。残念ながら、あなたとは相性が良くありません」
「名前も言ってないのに、いきなり振られた!?」
思った以上に、はっきり言うタイプだな。
だが――観察は正確だ。
セラは気づいていないが、ここ最近、体内の糖質量がやや増えている。
お菓子中心の生活が、正直に反応に出ていた。
「この国に、何かご用ですか?」
「ここには良質な野菜があると聞いてな」
今度は、俺の手をぎゅっと掴んでくる。
「あなたのような健康意識の高いお方は、大歓迎です」
「あ、ありがとう」
そう言った途端、頬に手を当て、うっとりと遠い目になった。
「糖質の気配が感じられない、清らかな肉体と精神……惚れ惚れします」
「俺の体は、脂肪や糖質が燃えやすいだけだ。HIITのおかげだな」
「ひっと……?」
……この子にHIITは無理だろうな。
二十秒も持たないだろう。
そのときだった。
プシューーーッ!!
背後から、機関車のような音。
振り返ると、セラが顔を真っ赤にして蒸気を噴いていた。
「待てい、しらたま! 女神たるこの私を振っておいて、勝手にセージに惚れるなぁ!!」
シラユキの顔も、みるみる赤く染まる。
「し、しらたま!? よりによって、あの甘菓子姫と同じ呼び方……なんて下劣な!」
「誰が甘菓子姫よ! 私は神界きっての美女神セラですけど!?」
……それは自称だな。
「女神だから何だと言うのです! 私だって帝国随一、歴代皇帝で最も――」
声が、急に萎んだ。
「……あっ、いま願望入ったよね!?」
「ち、違っ……ゴホッ……ゴホッ……!!」
突然、シラユキは胸を押さえ、膝をついた。
「だ、大丈夫!?」
「……平気です。持病のようなものですので」
差し出したセラの手を、静かに払いのける。
だが、その顔色は明らかに悪い。
――おかしい。
最初に感じた“儚さ”。
あれは雰囲気なんかじゃない。
『体組織成分解析』――発動。
⸻
シラユキ=トーフ=ブランネージュ13世(人間/皇帝/25歳)
種族 : 人間(極低糖質適応体質《糖識》保持)
スリーサイズ: B81 / W54 / H83
身長 : 168cm
体重 : 46kg
体脂肪率 : 12%
性格 : 冷静/潔癖/合理主義/責任感が強い/甘い香りにだけ弱い
健康状態 : 慢性低血糖/軽度鉄不足/自律神経の緊張過多
ルーティン適正: 高い(ただし極端なストイックさが妨げになることも)
備考 :過度な糖質制限によりエネルギー欠乏が慢性化。集中力低下と情緒不安定。鉄不足と低血糖の相乗で持久力が著しく低下
⸻
――なるほど。
彼女の覇気のなさは、意志の弱さじゃない。
“削りすぎた結果”か。
糖質依存に苦しむ者は多いが、
ここまで極端な制限は珍しい。
このままでは――命に関わる。
「……乗るんだ」
「はいはーい!」
当然のように背中に来ようとするセラの手を叩き落とす。
「君じゃない」
「ぶー。セージにおんぶされたことないのに〜」
「ヒロインなら流れを読め」
シラユキに背を向け、身を低くする。
「立っているのも辛いだろ。倒れる前に」
「……ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
背中に伝わる重さは、驚くほど軽かった。
体温も低い。
ふわりと、桜のような香りがする。
本当に背負っているのか不安になり、思わず振り返る。
「……なにか?」
「いや。宮殿は、あの白い建物でいいんだな」
「はい。お願いします」
カリフラワー畑を抜け、林を越える。
そこには、地中海沿岸を思わせる、白い町並みが広がっていた。
丸みを帯びた建物。
揺れる洗濯物。
その先に広がる、群青の海。
思わず、深呼吸する。
……いい景色だ。
「でもさ。歩いてる人たち、元気なくない?」
セラの一言で、現実に引き戻される。
確かに。
町に漂う空気は、どんよりと重い。
人々はふらふらと歩き、
中には地面に倒れ込んでいる者もいる。
環境は整っている。
畑も、町も、清潔だ。
それでも――
何かが、根こそぎ奪われている。
「シラユキ。どうして、彼らは――」
返事がない。
背中の彼女は、真っ青な顔で荒い息をしていた。
まずい。
「セラ、先に宮殿へ行って人を呼んでくれ。急げ!」
「わ、分かった!」
誰かが倒れるのを見るのは、もう嫌だ。
「もう少しだ。耐えてくれ」
そう声をかけながら、
必死に足を前へ運ぶ。
――間に合え。
足早に駆けていくセラの背中を見送りながら、
俺はただ、祈るように白い宮殿を目指していた。
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