第29話 再開と再生
信じられない。
魔界といえば、暗雲広がる荒廃した大地。
吹き荒ぶ乾いた風。
ひしめく異形の種。
今まさに目にしている光景のことではないのか。
「間抜けな顔ねぇ。まあ、魔族はだいたい気性が荒い奴ばかりだし、角とか羽とか生えた奴とかいるし、変な顔の奴とかいるし、無理もないけど」
他人事みたいな言い方だ。
「本当に気高き魔族というのは、余計なものが付いていなくても十分存在感を示せるのよ」
た、確かに。
メルミナは人間の俺から見ても、素晴らしいとしか言いようがない美貌だ。
……ん? それもう、ほとんど人間では?
「そういえばアブルスもゾネリオも、羽とか生えてないな」
するとアブルスは、バチンと拳を突き合わせた。
「あんな虫みてぇなダセェもんは要らねぇ! この筋肉こそ最強魔族の証だ!」
同意したいが、それは魔族関係ない……!
対抗するように、ゾネリオのスマイルマークが激しく点灯した。
「いいえ! 本物の魔族はこのスマイルマーク!! スマイルこそ世界を救うのです!!」
魔族が正義の味方みたいなことを言っている。
そして君自身のことは一切誇張しないんだな。どれだけそのスマイルマークに心酔してるんだ……。
ダメだ。
これ以上ひとりツッコミしていたら、HIITより疲れる。
「こほん……。さっき君は『力が戻れば』って言っていたが、あれはどういう意味なんだ?」
「魔族は湧き出る感情を力に変える。そして、仲間と共鳴することでその力は何倍にも増幅するわ」
アブルスの話を聞く限り、そんな内容だった。
「私の異名は涙麗姫。私自身が流す涙を力に変える。喜びも。悲しみも。流した涙の数だけ私の力は強くなるの」
アブルスが恥ずかしそうに頭を掻く。
「全盛期のこいつの力は半端ねぇ。何せバズルダム全域の水源を創り出しちまうくらいのエネルギーだからな」
水源……。
ふと、リオナと再会したあの噴水を思い出した。
メルミナはリアクタンス・ノートの小瓶に映る自分の顔を見つめ、赤い目尻にそっと触れた。
「いつしか、涙を流せなくなっていたのよ。いいえ、それどころか……感情そのものが湧いてくることがなくなった」
彼女は窓ガラスを静かに開け放つ。
「涙は私の力の源。これが――力を失った今の魔界の姿よ」
どうして彼女が泣いてもいないのに、ずっと目を擦っていたのか。
ようやく腑に落ちた。
擦りすぎて真っ赤になった頬が、見ていて痛々しい。
きっと彼女は、アブルスやゾネリオよりも頻繁にSNSや掲示板を覗いていたのだろう。
生き別れた娘を探すために。
見つからない焦燥感。
膨らむ不安。
そして、燃え尽き。
いつしか感情そのものが擦り減っていった。
SNSの過度な依存は、やる気を著しく削り、疲労感を積み上げていく。
皮肉にも、リオナへの愛情が――メルミナ自身の能力を押し殺していた。
「……リオナを探しに行こう」
そう言うと、メルミナは口をぎゅっと結んだ。
「あの子は、私に会いたいのかしら。もしかしたら……私のことを恨んでいるかもしれない。そう思うと……」
「会えば、きっと分かる。だから確かめに行こう」
ワインレッドの瞳に、光が宿った。
「……そうね。行きましょう」
リオナの荷車には、リアクタンス・ノートが大量に積まれていた。
まだこの町を離れていないはずだ。
メルミナと共に、俺たちは足早にモルヴィネール邸を飛び出した――。
⸻
――バズルダム広場。
水の出ない枯れた噴水の前に、荷車を引く少女の姿を見つけた。
ふらふらとした足取り。
疲れ果てているのが一目で分かる。
華奢な体が、ゆっくりと傾いた。
「リオナ!!」
だめだ、間に合わない……!
俺の前を、メルミナが颯爽と駆けていく。
間一髪。
倒れるリオナを、彼女は抱き止めた。
「ありがとう。お姉ちゃん」
覚えていない……?
いや、離れ離れになったのは十年以上も前。
当時のリオナはもっと幼かった。無理もない。
「……そうよね。覚えていないわよね」
メルミナの唇が、僅かに震えた。
「……こんなところで何してるの?」
「お仕事だよ。お金がひつようなんだ」
弱々しいその言葉に、メルミナは苦痛に顔を歪める。
「いっぱいお金をかせいで、お母さんを元気にするんだ。そうすれば、皆んながお母さんの悪口言わなくなるから。お母さんをいじめなくなるから」
メルミナは何も言わず、ただ抱きしめた。
「辛い想いをさせてごめんね。頼りなくてごめんね。離れ離れにさせて……本当にごめんね」
メルミナの胸元のネックレスが輝き出す。
それに共鳴するように、リオナの胸のネックレスも淡い光を帯びた。
「お姉ちゃん。それ……」
「ふふ。お揃いね」
「どうして……?」
「私があなたにプレゼントしたのよ。あなたが生まれた時に」
細く美しい手が、リオナの頭を撫でる。
舞い散る雪のように軽やかで、目が離せなかった。
何度も撫でるその仕草は、優しくて、滑らかで。
メルミナがどれほどリオナを大切に想っていたのか。
どれだけ苦しかったのか。痛いほど伝わってくる。
「あなたのことを忘れた日はなかった。ずっと、あなたのことだけを想っていた」
「……ほんとうに、お母さんなの?」
その瞬間、メルミナは強く彼女を抱きしめた。
「生きていてくれて、本当にありがとう。リオナ」
そっと置くような一言。
リオナの大きな瞳から、涙が溢れ出る。
「会いたかった……会いたかったよぅ。お母さん……」
やがてリオナは、糸が切れたように泣き出した。
「もう二度と離さない。絶対に」
ワインレッドの瞳から流れる涙が、真っ赤に染まる頬を伝い、ネックレスを包み込む。
二つのネックレスが眩い光を放つ。
透き通るガラスのような一粒の水玉が、黒い空へと昇っていった。
宙で水玉が弾ける。
虹色の輝きを帯びた雨粒が、バズルダムに降り注いだ。
しとしとと降る、優しい虹の雨。
まるで二人の愛情を形にしたかのように、純粋で、清らかだった。
枯れ果てた大地から伸びていく草木。
新居のようにキラキラと修復されていく建物。
長い冬を越え、春の訪れを告げる緑に満ちた町。
祝福するように噴水は水で満たされ、空には大きな虹が掛かった。
聖なる雨に濡れた町は、陽の光で虹色に輝いている。
水の都。
生気溢れるバズルダムの姿に、自然と心が晴れていく。
「こんなに美しい町は見たことがない」
「私も」
楽園のような光景に、俺もセラも、すっかり魅了されていた。
「魔界からはほど遠い風景だけどな」
アブルスの大きな笑い声につられて、皆んなが笑い出した。
「再開できて良かったな。リオナ」
「うん! ありがとう、セージお兄ちゃん!」
少女の満面の笑みに、心の奥が温かくなる。
そして――
「あなたたちが協力してくれたおかげでリオナと会えた。ありがとうセージ」
「スマホとワインに溺れる生活とはおさらばだな」
「そうね」
突然、メルミナは笑みを溢した。
「でも、ワインはやめられないわ。リオナに良さを分かってもらわなくちゃ」
「おいおい。彼女はまだ子供だろ」
「魔族の寿命は人間の十倍だから大丈夫よ」
前触れもなく暴露された真実に、驚くことはなかった。
長年、流れない涙を拭い続けて赤く染まった目尻。
そんな呪縛を洗い流すように伝う、一筋の涙。
呪縛から解放された彼女を祝うように、胸元のネックレスがきらりと光っていた――。
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