第28話 常識とは心に沈澱した偏見のコレクションである
人探しの掲示板に、その画像は貼り出されていた。
そこには他にも、さまざまな人物の写真が並んでいる。
中には人ではなく、ペットを探しているものもあるようだ。
それにしても――なぜ、メルミナがリオナの画像を?
確かに二人は、どこか雰囲気が似ている。
面影、と言ってもいい。
だが、よく見れば違った。
画像の少女はリオナによく似ているものの、髪色や目元の形が微妙に異なる、別人だった。
「娘を探しているのよ。もう……何十年も、ずっと」
メルミナは小さく息を吐きながら、画面を指で滑らせる。
「この子も違う……やっぱり、もう……」
鼻を啜り、涙を誤魔化すように目を擦る。
今にも壊れてしまいそうなその姿に、胸が締めつけられた。
「……もしかして、娘さんの名前はリオナじゃないか?」
カツン。
スマホが床に落ちる、乾いた音。
メルミナは真っ赤になった目を見開いたまま、俺を見つめている。
「リオナを……知っているの?!」
「ああ。ケトス山脈の麓で、道に倒れていた彼女を助けたことがある」
「そ、それで……リオナは無事なの?!」
「あの時は栄養が足りてなかったが、今は元気だ」
「……生きているのね。良かった……」
メルミナは安堵したように、胸に手を当てた。
「でも……どうして、そんな遠くまで」
「荷車を引いていた。かなり忙しそうだったな」
その言葉に、彼女は俯き、拳をぎゅっと握りしめる。
心配と、後悔と、悔しさが入り混じった表情。
「そういやぁ」
不意に、アブルスが思い出したように口を開く。
「セージとバズルダムの入り口で会ったとき、一緒に女の子がいたな。あれがリオナか」
――おい。
今それを言うな。
だが、もう遅かった。
メルミナは机のワインボトルを脚で蹴り払い、そのまま飛び降りる。
「お、おい! どこへ行く!?」
「あの子を追いかけるに決まっているでしょう!」
反射的に、駆け出す彼女の腕を掴んだ。
「闇雲に探せば、入れ違いになるかもしれない」
「関係ないわ! あの子がこの町にいるなら、探さない理由なんてない!!」
何十年も、実の娘を探し続けてきたんだ。
冷静でいられるはずがない。
「人手は多い方がいい。俺たちも手を貸す。だから落ち着いてくれ」
「人間の手なんて借りないわ。アブルスとゾネリオに借りを作りたくないし……特にゾネリオは」
その瞬間、ゾネリオのバックルに刻まれた奇妙なスマイルマークが、激しく明滅した。
「なんですってぇ?! せっかく遊びに来てあげたというのに!!」
三飽魔といっても、別に仲が良いわけじゃないらしい。
――家族と引き裂かれる辛さは、痛いほど分かる。
「家族の絆に、種族なんて関係ない」
「寂しいものは寂しいし、辛いものは辛い。抱える気持ちは、誰だって同じだ」
ずっと俺を警戒していたメルミナの瞳が、少しだけ柔らいだ。
「……不思議な人ね。あなた、名前は?」
「セージだよっ♪」
……なぜ君が答える。
まあ、いいか。
その笑顔を見ていたら、どうでもよくなった。
「探しに行く前に、教えてくれないか。どうして君たちは離れ離れになった?」
アブルスとゾネリオは様子を窺ったが、メルミナはふっと微笑んだ。
「構わないわ。魔族以外に話したところで、影響はないでしょう」
その言葉に、アブルスも肩の力を抜く。
「なら、俺たちから言うことはねぇな」
メルミナは、胸元で煌めく雫型のネックレスを、そっと指先でなぞった。
「私はメルミナ・モルヴィネール。モルヴィネールといえば、魔界随一の貴族。その名を知らない者はいないわ。バズルダムでは古くから、モルヴィネールが強い権力で他の貴族を束ねてきた」
初対面では、ただの酔っ払いにしか見えなかった。
だが今は、所作の一つ一つに確かな気品を感じる。
机に置かれた書類の文字も、驚くほど整っていた。
きっと、教養の高さゆえだろう。
「私は魔王グラト様に認められた最初の魔族。その証として、ここバズルダムの統治を任された。そして……」
メルミナは、ネックレスを強く握りしめる。
「数年前から、魔界にもスマホが普及し始めた。グラト様をはじめ、皆が夢中になったわ。私も、まだ幼かったリオナと一緒に文明の叡智を楽しんだ。そして、“Toxee”が瞬く間に広まった」
魔王グラトが率先してスマホに興味を示すとは意外だ。
どこか織田信長を思わせる。
「皆がスマホや“Toxee”を楽しむようになって、陰湿だった魔界も明るくなった。でも――」
メルミナは、胸元から小さな小瓶を取り出した。
ほのかにラベンダーの香りが漂う。
リアクタンス・ノート。
「ある日、AFDAと名乗る行商人組合が私のもとに来たの。これを使えば、魔界はもっと活気づくって。わざわざ現物まで持ち込んでね」
……断った、よな?
「喜んで交渉に応じたわ」
「応じたのかよ!?」
「仕方ないでしょう!? 可愛いんだから!」
デザインか……。
「分かる! 私も良いなって思って、さっき貰っておいたんだっ♪」
「セラ、君が便乗すると話がややこしくなる」
香水瓶の造形について盛り上がる二人。
……よく考えたら、セラって三飽魔全員と相性がいい。
堕天女神か?
いや、神の皮を被った魔族だな、きっと。
メルミナは、空になった瓶を灯りにかざして眺めた。
「これが直接の原因かは分からない。でも、それを境に、皆が競い合うようになった。いつしか、私の力も抑えられていった……」
――ほぼ原因だ。
とても言えない。
メルミナは涙を拭うように、赤くなった目を擦る。
「やがて町中で喧嘩が起き、治安は坂を転げ落ちるように悪化した。私は責任を取らされ、バズルダムの支配権を失った。でも……払わされた代償は、それだけじゃなかった」
代償――。
「それが何だか、分かる?」
囁くように問われ、言葉を失う。
そのとき、ずっと配信していたセラが跳ねるように手を挙げた。
「分かった! 名誉の失墜! つまりZランクまで転落したんだね!」
「……さすがね。鋭いわ」
当たってるのかよ。
「いぇ〜い! 私ってば天才すぎぃ♪」
神界行事統括官『おー! セラすごっ!!』
音楽管理長『よっ! 神界のインテリジェンス!!』
財務管理室長『……その能力を、書類管理に活かせないかしら』
頼むから、誰か助けてくれ。
「魔界ではラストネームは重要な権力の象徴」
「私は支配権と同時に、モルヴィネールの名も奪われた。私を快く思わなかった貴族たちの結託によってね」
メルミナは、ネックレスを壊れそうなほど強く握る。
「そのせいで……私とリオナは引き離された。この町は富裕層と貧困層がはっきり分かれている」
「地位も名誉も失った私は、リオナが追い出されるのを、ただ見ていることしかできなかった……」
なるほど。
想像を絶する辛さだ。
「……どうして、黙って見送った?」
メルミナは、真っ赤になった目尻を細めた。
「耐える時だと思ったの。力を取り戻せば、きっとリオナを助けられる」
「それだけじゃない。この枯れ果てた魔界すら、元に戻せる」
元に戻す……?
「あなたには、この魔界の景色はどう見える?」
「荒廃した魔界、って印象だな」
メルミナはクスッと笑い、雫型のネックレスを揺らした。
「それは偏見よ。本当の魔界はね――」
「もっと生命に満ちた、キラキラした世界なの」
「……なんだって?」
予想外の言葉に、俺とセラは思わず顔を見合わせたのだった――。
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